若人二人、異世界に拉致される(タクシーで)
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ブロロロロロ、と環境に悪そうな音を立てながらその車は走っていた。見てくれはひとまず日本国民が見れば十人が十人タクシーだと答える独特なデザインの車である。
ふと、気がつくと佐藤 道文と志緒 武はタクシーに乗っていた。2人がねぐらにしている古びた道場の前に珍しく車が止まってドアを開けていたのを認識したのが今さっきのことで、いつの間にかそれに乗っていたということである。
「んん?」
2人が帰るべき家はそのタクシーの目の前にあったので物珍しいという理由だけでタクシーに乗る必要は当然ない。目的地にはもう着いているのだから。キツネに化かされるという言い回しが今の二人にはぴったりの状況であった。
乗り込んだタクシーは景気よく排気ガスを吐きながら走行を続けている。二人が後部座席から外を眺めると帰るべき家である道場はどんどん遠ざかっている。
そこでようやく2人は自分の身に異常事態が起こっていることを認識した。
「おい、道文。なんかやべーことが起きてるぞ!俺は明日に迫る面接から来る不安で幻覚でも見てんのか?白昼夢とか変な病気かもしれん……、病院行った方がいいかな?」
先に声を上げたのは武の方だった。髪は一本一本が何かに向けて反骨心を持っているかのように天に向かってぼさついており、手ぐしでなでつけてもまっすぐになおらないクセっ毛。顔立ちは男らしく眼力が強い。剃り残しの無精ひげから青年みがにじみ始めている。
彼は就職希望の高校3年生であり、エントリーシートをしたためて会社面接にいそしむ日々を送っていた。もうすぐ年末だというのに14社受けて受かったのがどう見てもブラックな企業ひとつだけという状態で将来は社畜になるのかと戦々恐々としながら過ごしていた。
そんな彼なので急な不思議体験を前にしてそんなセリフが出たのかも知れない。あるいはそのすべての事象が彼の弱い部分の心が見せる幻覚かもしれなかった。
「いや、その理屈だと僕が一緒に巻き込まれる理由はないでしょ。僕は進学だし」
その言葉に応えるのは道文である。髪はいわゆる天然パーマであり、髪の色素が少し抜けているのか茶色みがかかっている。顔立ちは凜々しく、目尻が綺麗に流れており、美少年である。
彼も武と同じで高校3年生であったが進学希望者である。二人の暮らす道場の台所を数年前からあずかり始めた事がきっかけで料理に目覚めた。それが高じて料理学校を目指しはじめ、大学受験を目指し猛勉強をしている生徒らを尻目に学校推薦で進学が決まっている。
最近の悩みはもちろん就活連敗中の悪友である武のことである。面接前日に必ずカツ料理を振る舞っているが効果が無いので、今夜は知り合いの猟師のつてで手に入れた鵞鳥料理を試すかと考えていた。ローストにするかジビエにするか、それともやはりカツにするが悩みどころである。
「今、目の前にいる道文は俺が見ている幻覚説があるじゃんよ」
「僕が武の幻覚?僕には僕の意志があるのに?あ、ひょっとして哲学したいノリ的な?」
「そんなノリじゃねーべよ。お前この異常事態に落ち着きすぎじゃない?」
「僕は自分が理解を超えた状況に陥ったときはどれだけ冷静に対処できるか、その初動にすべてがかかってると思う。よって僕は今なるべく平静を冷静に装わなくちゃならない」
「その言い分だとすでにお前冷静といえる状況じゃねーじゃねぇか」
道文の微妙に上ずって震えている声を聞いて武は若干の落ち着きを取り戻した。こうしてのんきに会話をしているあたり武もかなり落ち着いている方じゃないか?と道文は思ったが今はそんな場合ではない。
「さて、となると今一番に確認しなきゃいけねーことはアレだな」
言うが早いか武は運転席をのぞき込んだ。このタクシーを動かしている以上、運転手が無関係なわけがない。必ず手がかりを握っているはずだ。
こんな妙な状況なのにタクシーの内装は強盗防止のための遮りが役目を果たして強硬手段に出にくいが、透明度の高いアクリルだと思われる材質であるおかげで運転手の様相がうかがえた。
そんな武に気付き、運転手が振り向いた。武とばっちり目が合う。
「やあー。こんにちは」
「ええと、こんにちは……じゃなくて子どもじゃねぇか!?」
武の言葉どおり運転席に座っていたのは小学生くらいの男の子だった。顔がハリウッドスターの血縁者と言われても過言ではないほど整った容姿をしており、瞳の色はほのかに赤く、見ようによっては青く煌めいている。どこか現実離れした雰囲気を醸し出している。
身長は低く、それに比例して手も足も子どもらしい長さだ。アクセルを踏むための足はそもそも届いておらず、ぶらぶらさせている。顔はこちらを向いていて前など見ていないし、手の方は洋画のカーアクションシーンのごとくハンドルを無茶苦茶に切りまくっているが車は交通ルールに反することなくスムーズに走行を続けている。
武にはその光景が一つも理解出来なかった。
武の行動にならって道文も運転席をうかがったようだが、武と同じ感想を抱いたらしく二人して同じように訳がわからないという表情をしてお互いに顔を見あわせていた。
「車って初めて運転したけど結構面白いねー。やっぱり何事も一度経験しなきゃって思うよ」
少年の行動はどれを取っても普通の運転をしているようなものではないのでは、と二人は思ったが、今重要なのはそこではないと思い直した。この異常事態を打破するためにもなによりも情報が必要である。
「えーっと、色々つっこみたことはあるんだけど。とりあえず質問させてくれるかな?それとできれば質問に答えてくれるとありがたいんだけども」
「いいよー。あんまり時間もないけどね」
武より早く再起動した道文が少年に声をかけると、少年は快活に色よい返事をくれた。バックミラーに映るはにかんだ笑顔がまぶしい。道文は時間がないとはどういう意味なのか、などといった疑問質問が泉のように湧いてきたが、なんとか整理して言葉を紡ぐ。
「僕たちはどこに向かってるのかな?」
「異世界だよー。厳密にはこの宇宙とは別の宇宙にある惑星の一つに君たちを連れて行く。僕ら神に変わって代理戦争をしてもらうんだ。戦争相手は君たちみたいに僕ら神に拉致……もとい選ばれた栄誉ある連中さ。そいつらとしのぎを削ってもらうよ。今頃続々とこれから向かう惑星に放り出されているだろうさ」
「今、拉致って……」
「違う違うー。選ばれたの!光栄なことにね♪」
親切なことに少年は一つの質問から道文の聞きたかったことをいくつか一緒に答えてくれた。言動にはいろいろと引っかかることがちりばめられていたが、その中でもとびきりとんでもない異常事態に巻き込まれているのだと二人は遅ればせながら気がついた。
目に見えて狼狽し始めたのは武だった。
「ば、ちょ、異世界だと!?あの、ラノベとか深夜アニメとかで最近よく見るあれか!?色々ゼロから始まっちゃうアレ!?」
「はじまっちゃうねー。大丈夫大丈夫。慣れると多分いい世界だから。ほら、君の世界にもいい格言があるじゃない。住めば都、だっけ?」
「ええぇぇ!?うっそだろマジで!?」
武の渾身のわめきに対して少年はからからと笑うだけであった。
一方で道文は頭痛でも覚えているのかこめかみの辺りを中指でぐりぐりと指圧している。なんとか気を落ち着けようとしているのだ。要するに佐藤道文は狼狽えていた。もう冷静を装うことすら放棄している。
(おち、落ち着け……。ドイツ軍人、いや佐藤道文は狼狽えない。狼狽えたくない。……狼狽えそう)
気弱になる思考を振り切ろうと道文は頭を左右に振る。気分転換に、というか現実逃避に車窓から流れる景色を眺めると、もはやタクシーは道路を走っておらず、大気圏を難なく突き破って宇宙に進出しているところだった。車外は間違いなく現実から乖離したものだった。目論見はある意味大成功である。表現が重複するが、車窓が映す光景はとても現実離れしている。
(あ、割と物理的にこの宇宙から別の宇宙に移行する感じなんですね?)
道文は一周してそんなのんきな感想を持った。ついでにタクシーなど使わずにもっと別な魔法か何かでスマートに異世界転移させればいいのにとも思った。この子どもの言葉を信じるなら彼は神なのだから。こう、魔方陣とかファンタスティックなものに密かに憧れていた道文は複雑な表情である。
同じように車窓を眺めていた武はまたも騒ぎ始めた。ただし、今度は先ほどまでとは違う種類の興奮を孕むものであった。
「ふおおおおお!?なんか窓の外がすげーことになってんよ道文ぃ!おいすげーぞ!なんかずがーってなってどぎゃーんって突き抜けてる!すげぇ!」
「語彙力貧困長者かお前は。なんかすげーことしか伝わんないよ。……いや実際すごい光景だけども!」
「写メってSNSに投稿しようぜ!神さん、ここってどこ?」
「大気圏中腹辺りかなー」
「大気圏中腹なう、と。……ありゃ、圏外だわ。マジか、この感動を俺の全国のフォロワー118人と共有したかった。てかすごい。スマホが完全に圏外なの初めて見た」
「さっきまでの武の中の緊張と混乱はどうなっちゃったんだよ……!?」
武の行動が大物過ぎてパニックに陥りかけていた道文は若干のゆとりを取り戻した。こいつを見ているとパニクるだけアホらしい、そんな感じの余裕であった。それでもこの状況で落ち着きを取り戻せる道文もなかなかの大物であることに本人は気づかないでいた。
ちなみに道文は武のフォロワーではない。彼らの関係は親友にして悪友である。
そんな二人の様子を見てもはやハンドルから手を離して、どの角度から見てもイケメンで天使的な愛嬌を振りまいている自称神は運転席で腹を抱えて笑っていた。
「あはは、面白いー。いや、君らを選んだ理由は今言ったように向こうに送ったら色々面白そうかな、って思ってね?いや、前々から君らには注目してたんだよ。僕の目に狂いはなさそうで安心したよ」
自分たちの知らない間に知らない者から注目されていたと明かされて道文は気味の悪さに怖気を感じたが、テレビに映る有名人もこんな感じだったのか、とスケールを小さくすることで心の平穏を保つことができた。現在進行形で神に攫われている状況では焼け石に水かもしれないが。
それにしても個人の努力でどうにかできる類いではない、あんまりな理由である。この気まぐれな性格こそが彼が神である証拠なのかも知れない。
「おい、道文。なんか俺らは神様にお笑いコンビとして目をつけられていたらしいぞ。漫才始める?」
「始めないよ。というか武、君ってばさっきまで次の面接がー、とか悩んでたのにここに来て方針変えるの?もう年末だよ?芸人目指すの?」
「ふおおおお!そうだった、俺は就活中のしがない学生だった。向こうの世界の雇用状況はどうなんだ?日本より採用率低かったら俺は漫才師を目指すぞ」
「なんでやねん」
武の突飛な発言に道文がため息をつきながらもノリよくツッコミ返すのを見て、自称神は吹き出していた。この神の前にかぎってはすでに二人は一端の芸人なのかもしれない。観客はきっと彼以外増えないだろうが。
笑いをこらえて肩を震わせながら神は異世界の雇用状況について簡潔に説明する。
「向こうの文明レベルは君らの二次創作でありがちな中世とかそのあたりらしいよー。子どもも物心ついた頃から働かされてるから職にあぶれることはないよ」
「え、マジで?……じゃあ、いいんじゃね?」
「いいの!?要は大概が子どものお使いの延長ばっかり蔓延してるアレだよ!?」
「職に就いてるっていう事実が重要なんだろ。少なくとも最底辺ではないから俺はそれでいいのだ!」
「薄暗いポジティブ!日本の雇用問題はこうまで若者の心を蝕んだ!」
将来設計の上手くいっていない若者らしい、とりあえず就職しとこうという浅い考えがだだもれの武は、少年が告げた以外な異世界リクルート情報にご満悦の様子だった。もうすでに傍目から見れば乗り気に見える。
超常現象の真っ只中で将来の不安が唐突に解消された気がして急激に心が広くなったらしい武は鼻歌まで歌い始めた。即座に道文がツッコミを入れたが武は心ここにあらずといった様子である。きっと苦しかった就活の日々が報われて(?)浮かれているのだろう。処置無しと判断した道文は小さくため息をついた。
「……僕たちは元の世界に帰ってこれるのかな?あと、代理戦争って具体的に何をすればいいの?」
ため息ついでに道文は一番聞きたかった事について触れてみることにした。割と色々答えてくれている少年なのできっと教えてくれるだろうという希望的観測も含んでいる。
車窓を流れる星々を眺めて瞳をキラキラさせていた自称神は話しかけられたことに気づいて道文の方を向く。
「代理戦争は各神々が選んだ君たち『選民』を期限付きで一つの世界に放り込んで争わせる神々の娯楽だよー。君たちは僕の陣営の選民ね。で、連れてきた選民がその世界にどのくらい影響を与えたかで勝敗を決めるのさ。それもただ影響を与えるだけじゃ駄目なんだ。期限までその影響を与えた選民が生き残っていなきゃポイントにならないんだ。ま、僕は勝負の云々(うんぬん)は割とどうでもいいんだけどね。面白おかしく生きる人間の一生を面白おかしく眺めるのが僕の趣味なのさ」
勝負がどうでもいいならそもそも拉致するなよ、と口を挟もうとした道文だったが続いた言葉に絶句してしまった。
(こいつ、神は神でも邪神の類いなのでは……?)
自分の置かれた状況に今日何度目かの戦慄をするが、自分がギャグ漫画の主人公の物語が終わるまでを楽しむ光景を想像してスケールを小さくすることで心の平穏を保つ。
同時にこの自称神の悪趣味とギャグ漫画愛好家が長い目で見れば同類であると思い至り、軽いめまいと自己嫌悪に襲われることとなった。スケールダウンして心の平穏を保とうとするのはもうやめたほうがいいかもしれない。
「だからその期限まで生きてたら帰してあげることも出来るよー。あ、特別な能力もあげちゃうから頑張ってね!はいこれ」
そう言って少年は色とりどりのリボンで過剰装飾された白い箱を2人が知覚出来ないどこからか取り出すと、それを手品のようにパッと消した。そして消えたかと思ったら道文と武の手元にそれぞれ一つずつそれが現れた。
虚無から物体を取り出したり消したりしたことに道文は驚いたが、宇宙という大海原を力強く推進するタクシーに乗っていることを思い出し微妙な表情になった。その心は「今更そんなことぐらいで驚いてどうすんだ」である。もう驚くものか、と頭痛を押し殺しながら道文は心に誓った。
一方の武は神から手渡された贈り物の箱に興味津々といった様子で目を輝かせていた。さっきまでの緊張感はどこに行ってしまったのだろうか。
「向こうに着いてから開けてねー。ここで開けちゃうと色々な概念が乱れて人間の感性だと死んだ方がましなことが起こるから。僕は神だから平気だけど」
「えっ」
渡されたギフトボックスを意気揚々と開けようとしていた武はその言葉で固まった。過剰に装飾されたリボンはすでにすべて取っ払われており、箱に手をかけた所だったのである。
「こ、これってセーフ……だよな?……ですよね?」
「うーーん、微妙なところだけど、ギリギリアウトかな今すぐ何かは起こらないけど向こうで何かが起きるかもー?具体的には正しく能力をインストールされないとかそんな感じ」
「あびゃああああ!」
武の落ち着きなく軽率な行動は異世界生活を過酷なものにするのかもしれない行動だったらしい。道文が静かに合掌したが、そんな道文のギフトボックスも見れば装飾が取っ払われて箱のフタが微妙に浮いている。
「ファッ!?」
「あ、君らのギフトボックスは一本のリボンでラッピングしてたんだよー。君ら仲良しじゃん?道文くん、君も……ぶふっ……ギリギリアウトさ、っはっはっはっはっは!」
そこまで言うと自称神はこらえきれないと言った様子で笑い転げた。この神、出会ってから大体笑いっぱなしである。爆笑を司る神なのだろうか。爆笑神なのだろうか。
対する道文は気が気ではない。「なんで事故の危険性がある箱を今渡してきたんだ」とか、「どうして箱の開閉が連動する設計にしたんだ」とか「確信犯ですよね?」といった感じでいろいろと問い詰めたいところだった。
「道文道文、おそろいだな。フタ、開きかけ!」
「武ぅぅぅぅ!お前状況悪化させたことについて言うことがそれか!それなのか!」
問い詰めたいところだったが現状にたいした危機感を抱かずさも嬉しそうな態度をとっている悪友にキレずにいれるほど道文は大人でいられなかった。
「ごめりんこ。でも開閉が連動するとは思わないジャン」
「ごめりんこ、じゃないだろ!そもそもお前が迂闊だったのが原因じゃないか!」
「馬鹿、道文。つきあい長いんだからわかるだろ?こういう贈り物は俺はすぐ開けちゃうタイプだ。それに待ったをかけなかったお前にもちょっとは責任があるんでないの」
「止めようと思ったのが説明が終わった後だったよ!説明が終わる前に箱のフタに手をかけるところまでいかれたらどうにもならないよ!」
狭い車内の中、まさにとっくみあいを始めようとしたときに自称神の少年は一言つぶやいた。
「ふふふ、そろそろ着くよー」
その言葉に武と道文が車窓から外を眺めるとタクシーが一つの隕石となって地球に似ているが大陸の位置や形が見たことない惑星の大気圏にめり込んでいるところだった。
道文と武は諍い合っていたことも忘れてその光景をあんぐりと口を開けて眺めることとなった。ミチフミの「もう驚かない」という誓いは儚く散ったのである。その迫力は地球の大気圏を突き破ったときよりも凄まじく感じるものだった。だというのに車体は軋み一つあげることなく、悠々と惑星を包む熱の防護膜を突き破っていく。
そしてタクシーは数ある大陸の一つめがけて加速し、人気のない田舎道に軽く轍をつけて停車した。放し飼いなのか野生なのか、山羊があぜ道に生えた雑草を咀嚼していたが、タクシーに驚いたのか一目散に走り去っていった。二人が見知ったアスファルトの地面はそこにはかけらも見当たらない。
やがて、タクシーのエンジンも停止すると、見慣れたタクシーと同じようにパカッと間抜けな音をさせて道文と武の座る後部座席のドアが開いた。
道文と武は物理法則とか色々言いたいことがあったが、何よりも大気圏を突破して宇宙を渡れるとんでもない乗り物をどうしてタクシーらしさを全面に推した設計にしてしまったのかついて小一時間問い詰めたい思いでいっぱいだった。
「いろいろ問題はあるかもしれないけど君たちは君たちらしく自由に過ごすといいよー。この機会に是非楽しんでくれたまへ。ま、ちょっと遠くに海外旅行に行くようなもんさ」
「海外旅行か。そういえば言ったことなかったな。って考えるとテンション上がりませんか?道文ぃ」
「規模が違いすぎるでしょ!ああ、どうせなら本場イタリアでマルゲリータを味わってからならそんなに悔いはなかったのに!」
「お前の悔いのレベル低すぎじゃね?」
少年のセリフに二人は息を巻きながら、渡されたギフトボックスを抱えてタクシーから降りた。無意識の内に。
「……またか!」
タクシーから降りず、ごね続けていればもしかしたら元の世界に帰れるかもしれないと内心で計算していた道文だったが、タクシーに乗せられたときと同じように無意識のうちにタクシーから降ろされていた。武もおなじように自然体で車から降りてきた。理不尽の連続に道文が声を荒げるのも無理はない。
神を名乗る少年はそんな様子を運転席の車窓からニコニコ見ているだけだった。
「それじゃ、二人とも元気でね。代理戦争中もタイミングが合えばおしゃべり出来るから今度はそのときにね」
タクシーのエンジン音が響くと、タクシーが虹色に輝き始めた。その輝きはそれが次元を跳躍出来る乗り物だと言わしめるような力強いものだった。自称神はもう出発するらしい。しかし本当に何故タクシーの形状なのだろうか。
「待ってくれ。そういえばまだ名前を聞いてない」
道文の言葉にハンドルを握った少年が窓を開けて顔を出した。
「僕はロキア。君らの世界の伝承にある某いたずら好きの神の従兄弟さ」
それだけ言うと自称神、ロキアを載せた名状しがたいタクシーのめいた異世界渡航機は虚空に火花を描く派手なエフェクトを残していずこかへ去って行った。その余韻もすぐに周囲の空気に溶けるように霧散した。
北欧神話に出て来る神の一柱のことを知っていた二人はどこか納得した様子で世界を隔てても変わらない青い空を延々と眺めていた。
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