第1章6旅の始まり
少女は男の言う事を黙って聞いていたが、情けを敵にかけるはずもなく、少女は男に向けて剣を構える。
「もう一度お聞きします。降参しますか?それとも、ここで倒されますか?」
それは、勝者のセリフだった。恐らくこの少女はまだほかにも沢山の技を持っているだろう。対して男は足取りがおぼつかない。一歩歩く度にフラフラと倒れそうになりながら歩いている。そんな男が少女と戦ったところで勝てるはずがない。
すると男は俺がいる方向をジッと見つめだした。男はこっちを見た後、不敵に笑う。
まずい、ここに俺がいることが分かれば確実に人質にされるだろう。かといって今から別の場所に移動しようにも動くときの音で確実に分かってしまう。俺がどうするか悩んでいると、
「暗黒の霧よ、私に魔力を……」
男は呪文のようなものを唱え始めた。呪文のようなものを唱えつつ片手を伸ばし、その手を俺の方向に向ける。少女はそれを自分への攻撃だと思ったのか、男に向かって突進する。少女は瞬時に男の後ろに回り込み、男を蹴り飛ばす。蹴り飛ばされた男が真っ直ぐ俺の方へと飛んでくる。
男は茂みを超えて茂みのそばにいた俺とぶつかって勢いが止まり、俺と男はそのまま倒れ込み、俺が男の下敷きになる。男はふらふらと立ち上がり、
「人がいるのは分かっていたがまさか民間人とはな」
男は俺の顔を見て不敵に笑う。
俺は男に抵抗する術を持っていない。この男は恐らく俺を人質にして少女に自分を攻撃させないようにするつもりなのだろう。しかし、少女は
「そんな手が通用すると思っているのですか?」
男は俺の首に短剣を密着させ、
「いいのか?本当に殺してしまうぞ?これは脅しじゃないのだからな」
男が脅しているにもかかわらず、少女は感情のない声で答える。
「その人がどうなろうが私の知るところではありません。これは戦争です。自国の民なら未だしも、どこの国ともしれない人を助けるほど私はお人好しではありませんので」
少女は氷のような瞳で男を睨む。
睨まれた男は身動きが取れないでいた。俺は視線をなんとか下に向ける。男の足は震えていた。男は分かっている。下手に動けば切られると。自分ではあの少女には勝てないとわかっている。だから、動けないのだ、動けば殺されてしまうから。
少女の瞳には殺意が宿っている。それは、俺を人質に取った男への怒りか、それとも民間人を巻き込んだことに対する後悔なのか。どちらにしろ、このままだと俺はこの男ごとあの少女に切られてしまう。俺はどうするか考えていると、
「5分あげます。その少年をおいて立ち去るか、私に切られるか、どちらか好きな方を選 びなさい」
少女から思いもよらない答えが返って来た。その選択に男は、
「分かった、男は返そう」
男は俺を離して背中を押し、少女につき返す。俺がある程度男から離れたとき、
「邪魔者は消えた。これで遠慮なく戦えるというもの‼」
男は少女に向かって突進した。
男は俺をあっという間に追い抜いて少女の元まで行くと、腰から短剣を抜き、それを少女に向けて振り下ろす。
「貰った‼」
少女は男の振り下ろした短剣をあいている手で受け止める。
少女はつまらなそうに言う。
「こんなものですか、正々堂々勝負すると言っていた割にはたいしたことありませんね」
少女は短剣を受け止めたまま、もう片方の手に持っている剣を横一線に振り払う。
腹を切られた男は力なく地面に倒れ込み、動かなくなる。
少女は男を一瞥すると、俺の方に歩いてくる。
少女の瞳からは殺気が消えていた。少女は何事もなかったかのように、話しかけてくる。
「大丈夫でしたか?」
「とりあえず大丈夫みたいです。切られたわけでもないですし」
すると少女は、
「良かった。貴方が敵の騎士だったら戦わなければならないところでした。その様子だと、どうやら一般人のようですね」
「事情があってこの森に来ていたんですが、道がわからず迷ってしまったんです」
間違ってはいないはずだ。ここに来た事情はともかくとして、道に迷っていたのは事実なのだから。そもそも別の世界から来たなんて言えるはずがないし、言ったとしても信じてもらえないだろう。
「そうだったのですか。では、暫くの間、私の住んでいる大陸に滞在してみてはどうですか?貴方は悪そうな人間には見えませんし、リタース大陸出身というわけでもないのでしょう?」
少女は、なんの疑いもなく俺を大陸に案内すると言ってくれた。
「わかりました。お言葉に甘えて、案内してもらうとします」
「ええ、ただし条件があります」
少女は、真剣な顔つきで言う。
「条件ですか」
「はい。大陸に入ったら貴方の素性を調べさせてもらいます。貴方がどの大陸から来たかくらいは調べても問題ないでしょう。検査結果で、どの大陸から来たかくらいはわかるでしょう」
「わかりました。貴方の出身の大陸に入ったら、検査を受けましょう」
俺は素直に頷く。ここで駄々をこねると、本当において行かれそうな気がした。
「自己紹介が遅れてしまいましたね。私はエルリア・フォクティスといいます。エルリアと呼んでください」
「俺は田代翔也っていいます。翔也と呼んでください」
エルリアと名のる少女は、改めて見るとあまりに綺麗だった。金髪と白っぽい肌が 相まって、より一層綺麗に見せている。きっと出身の大陸ではモテモテなんだろうなと、不謹慎なことを俺は考えていた。
そんな俺の思考はエルリアの言葉によって遮られた。
「さて、翔也。早速ですが行きましょうか。本当はワープの魔法を使いたいところなのですが、さっきの戦いで魔力を使ってしまって使えません。なので、徒歩で向かいます」
「徒歩ですか」
「歩くのは嫌いですか?ここからだとそうですね……2日くらいあれば着けるでしょう」
別に歩くのが嫌だとかそういうのではない。1日に色々な事がありすぎて疲れたのだ。さすがにどこかで一休みしたいと思ったが、それを言うのは贅沢なので言わないでおく。
「わかりました。行きましょう」
こうして、俺はエルリアの故郷へと歩き出した