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早乙女忍はとにもかくにも男が嫌い


 早乙女と俺の間には妙な空気が流れていた。

 きっとそれは、いきなり二人が飛び出して行ってしまった後の二年A組の教室も同じだろう。(東宮、河合、ゴメン)


「……じゃあ早乙女は何で村咲学園なんて受験したんだよ。こうなるって最初からわかってたんじゃないのか?」


 俺みたいに何にも知らないまま受験してしまった、なんてことは早乙女に限ってないだろうし。

 男嫌いでこんなとこ受験するって、どう考えても自殺行為だろ……


「騙されたのよ。親に」

「騙された?」

「村咲学園は新しく設立される“女子高”ってね。入学案内やパンフレットもまともに見せてもらってなかったのよ。だから昨日の入学式で校長の話を聞いた時はその場で舌噛んでやろうと思ったわ」


 そんな血に塗れた入学式は嫌だ。


「騙すって、何の為にそんなことすんだよ。親は当然早乙女が男嫌いなこと知ってんだろ」

「あたしが男嫌いだからよ」

「男嫌いだから?」


 さっぱりわからない俺は首を傾げる。そんな俺を見て早乙女は理解力のないマヌケはさっさと地獄へ堕ちろと言わんばかりの大きなため息を吐いた。


「ずっと女子校に通って、男と一切関わろうとしないあたしをどうにかしようと思った両親が余計なお世話でこんなことしたのよ」

「早乙女が男に少しでも興味を持つように、ってことか」

「いい迷惑だわ! しかもよりによってこんな意味わかんない学園にあたしを入学させるなんて――!」


 怒りで早乙女がわなわなと震えだす。今あの握られてる拳で殴られたら一発KO間違いナシだろうな。


「友達を作ろうにも、見た目は女でも男かもしれない。そう考えると友達なんて作れるワケないじゃない! 何より一番許せないのがあたし自身が男と間違われることよ……有り得ないわ。あんなクソみたいな連中と同じにされるなんて……」


 今度は悪寒で早乙女がぶるぶると震えだす。

 まぁ身長もちょっと他の女子に比べると少し高めだし、女装男子と言われればそう見えなくもないのか? うーん、でもなぁ――


「俺も疑心暗鬼になってたけど、早乙女は女ってすぐわかったけどな」

「えっ……」

「さっき早乙女が俺を見て“どっからどう見ても男”って言ってくれたのと同じで、俺も早乙女のことはどっからどう見ても女って思うよ」

「あ、当たり前じゃない! あたしは女だもの。どっからどう見ても女じゃないと困るわよ!」


 そう言うと早乙女はそのまま下駄箱の方へ歩き出した。

 え! 待てってまだ俺と友達になってないだろ! 早乙女が男嫌いとかそんな理由で信頼出来る仲間を諦めたくないんだよ俺は!

 これで早乙女が実は男だったなんてオチだったら俺は一生人間不信に陥りかねないけど……やっぱりそれだけはないと思う。

 どうしてそこまで確固たる自信があるのかと聞かれたらそれは俺もわからないけど。


「待てよ早乙女! 俺と友達になるって話は――」

「だから! あたしは男が大っ嫌いって言ってるでしょ!?」

「でもお前このままじゃ三年間ずっと友達ゼロだぞ?」

「……別に、構わないわ。元々友達が多かったワケでもないし」


 まぁ、それだけ気が強かったらな。絶対友達少ないタイプだったってことくらいマヌケな俺でも予想がついた。口が裂けてもそんなこと本人には言えないけど。


「友達なんて、あたしの高校生活に必要ない」


 ハッキリそう言う早乙女がどんな顔をしているかは、後ろ姿しか見えない俺にはわからない。

 けど高校生活はまだ二日目で、これから先の方が長いのに。一生に一度しかない青春時代に、友達が必要ないなんて。


「――でもそれって、寂しくね?」


 友達がいないことも、必要ないなんて答えを出す早乙女も。両方に対して俺は思った。


「……寂しくないから、二度とあたしに話しかけないで」


 それだけ言うと早乙女は、今度こそ本当に帰って行ってしまった。

 俺はその場から動けないまま、頭の中で早乙女の言葉を整理する。


「二度と……えっ!? 二度と話しかけるなって言われた俺!?」


 入学して二日目。初めて自分から友達になりたいと思った相手に、見事撃沈。



****



「よっ! オトメ!」


 それでも早乙女忍という人間と友達になりたいと思った俺は、次の学級委員会の時に相変わらずブスッとした顔で椅子に座る早乙女に親しみを込めてニックネームで呼びかけてみた。


「……」


 結果、オトメは俺が存在しないかのようにガン無視。これって前より明らかに嫌われてる気が……


「えっ! 何この面白い状況! 二人あの後結局何かあっちゃった感じ!? へきる気になるから教えてよぉ〜!」


 俺達二人の様子を見て面白がった河合が大きな目をキラキラに輝かせながら俺に聞いてくる。


「あの後ガリ勉トーグーと二人きりでクソつまんない時間過ごさせられたんだからねっ! 面白い話してくれたら前回委員会投げ出したことはチャラにしてあげる!」

「ク、クソつまんないって……ボクはちゃんと委員会の進行を」

「はぁ? だってさ、こんな可愛いへきると放課後の教室で二人っきりになったっていうのに、襲う勇気もないんだよこのガリ勉はさぁ」

「ゴ、ゴメン」

「いや東宮それは謝る必要ないって。そんな勇気俺だってないからさ……」


 寧ろ河合という問題児と二人きりにさせてしまったことを俺が謝るべきだった。ていうか入学してすぐ男か女かもわからない相手を可愛いってだけで襲う奴いたらそいつヤバ過ぎるだろ!


「で? で? アサシンとブノシーは何があったの!? ねぇっ!」


 河合にまでナチュラルにアサシンと呼ばれてる俺。ていうか河合のニックネームのセンスってどうなってんだろ……ってそんなことはどうでもいいんだけども。

 期待に満ちた表情でずずいっと近寄ってくる河合に、俺は思わず一歩後ずさる。


「あー! 残念ながら何もないって! ほら、委員会始めようぜ! なっ?」

「えぇぇー! そんなのへきるつまんないーっ!」


 ぶーぶー言ってる河合を無視して、二回目の学級委員会が始まった。

 この時間はオトメと関われる貴重な時間だから、何とか距離を縮められないものかと考える。

 頑張ってオトメに意見を聞いたり話を振るがことごとく無視され、距離は広がっていく一方な気しか今のところしない。


「オトメ、一緒に帰ろ――」


 委員会が終わり、オトメを誘おうとこれでも精一杯の勇気を出した俺だったが、言い終わる前にピシャリと教室のドアを閉められてしまった。


「ねぇねぇトーグー、もしかしてアサシンあの後ブノシーのこと襲っちゃったのかな?」

「本人達にしかわからないことだから、そっとしておくのがいいとボクは思うけど……」

「てかあんな態度悪い奴がいいとかアサシンってドМ? やだきもーい」

「しっ! 河合さん、前回から思ってたけどもう少し言葉遣いを正さないと。趣味は人それぞれだよ」


――全部聞こえてるぞお前ら。


 

 オトメと仲良くなる為には、オトメを知るところからだ、と俺は考え直した。

 むやみに話しかけてもシカトされて終わるだけで、時間の無駄だ。さっきもオトメと廊下ですれ違った時に挨拶してみたけど無視されて佐伯に心配されたばかりなのは内緒だ。

 そして度々見かけるオトメの隣に誰かがいたところを見たことはない。


「本当にぼっち貫くつもりか? 三年間も? 俺も最初はそういうつもりだったけど何だかんだで佐伯がいて助かってるし……いやでもオトメにとってはぼっちがデフォなんだっけ……」


 一人でブツブツと呟きながら三回目の学級委員会へと向かった。

 週一で委員会があるなんて最初はめんどくさいしそんなに話すことないだろと思ったけど、オトメと絶対に話せる場が週に一回あるのは今ではただただありがたかったりする。


 よしっ! 今日こそオトメと友達になるぞ!


 教室の前で深呼吸した後気合を入れて、俺はドアを開けた――が。

 そこには東宮と河合の姿しかなかった。


「……あれ? オトメまだ来てないの?」


 俺がいつも一番最後っていうのは安定だと思ってたけど違ったのか? でももう委員会が始まる一分前だし、オトメがこんなギリギリに来るってあんまりなさそうな気が。ほら想像だけど時間とかにうるさそうだし。


「教室入って来て第一声目がソレー? もうアサシンってばブノシーのストーカーなんじゃないのー?」

「相変わらずギリギリに来るね麻丘くん。それと残念だけど今日は早乙女さんすぐに帰らなきゃいけないみたいで委員会は欠席みたいなんだ」

「は!? 委員会欠席!?」


 何だよソレ! 学校には来てたのに! 委員会は不参加って! そんなのアリなのか早乙女忍こんちくしょう!


「残念でしたーっ! てかアサシンはマジでブノシーに惚れちゃってるワケなの?」

「ちょっと河合さん、前も言ったけどあんまりそういう踏み込んだ話は……」

「トーグーはお勉強しかしてないガリ勉なんだから黙ってて! どうなのアサシン! どこがいいの!? あんな攻撃的で可愛さの欠片もない奴のさ!」

「……そういうんじゃなくて、俺はオトメと友達になりたいだけなんだよ」


 オトメが欠席と聞いて一気にやる気をなくした俺は、机に伏せながらうるさい河合にそう返した。


「はぁ? 友達? ブノシーと?」

「そうだよ。あいつ性格には難ありまくりと思うけど、考え方はまともでさ……この学園にまともな人間いたのかって俺嬉しくて」

「そ、それってボク達はまともな人間と思われてないってことかな? まぁ河合さんはまともじゃないと思うけど……」

「いや河合はともかく東宮はまともな人間って感じ始めてるよ。友達になりたいっていう感情も芽生えてきてるし」

「さりげなくへきるのこと馬鹿にしてるよねそこのクソ二人」


 怒った河合に思い切り頭を殴られ机に顔面をぶつけた。痛い。

 東宮も殴られた衝撃で眼鏡がズレていてだいぶマヌケな感じになっている。


 その後無駄な会話もしながら(ほとんどが河合の自慢話)適当に委員会は進んだ。

 今日は来月の行事等の日程が書いたプリントを事前に学級委員で確認するっていう作業で特に意見出したりしなくていいから前回よりも早く委員会を終わらせることが出来た。

 河合の無駄話がなかったらもっと早く終わったと思うけど。


「今日はもうこれで解散でよさそうだけど――このプリント、早乙女さんに渡しに行った方がいいかな」

「えーそんなの明日渡せばいいでしょーへきるもう帰るー」

「プリント!? 東宮、俺がオトメに渡して来る!」

「本当? じゃあ申し訳ないけど、よろしくね麻丘くん」


 俺は東宮から早乙女の分のプリントを受け取って、職員室でしののんに事情を説明してオトメの住所を教えてもらい、オトメの家へと向かった。

 さすがに家まで来るなんてオトメは思ってないだろう。これは奇襲だ。ここまでしたらさすがのオトメも俺の情熱としつこさに観念して友達になってくれる筈――!


「てか俺河合の言うとおり半分ストーカーっぽくなってる気が……」


 そこから先は口に出すのも考えるのもやめることにした。

 ナビを使いながらオトメの家まで歩く。普段は通らない道、見たことない風景に戸惑いながら説明通りに歩き続けると目的地であるオトメの家にたどり着いた。


「――デッカ!」


 いいとこのお嬢様じゃないかとは思ってたけど、やっぱりそうだったのか。予想的中。

 こんな住宅街で明らかに場違いだろと言いたくなる大きな家に、堂々としている“早乙女”と書かれた表札。


 ――何かめちゃくちゃインターフォン押しづらいんですけど。


 いやいやいやここまで来て何ビビッてんだ俺! プリント渡すって用事がちゃんとあるんだから大丈夫だ!

 意を決し、俺の指がインターフォンを鳴らしたのと同じくらいのタイミングでバタッと豪快に家のドアが開いた。

 え? これ押したらドア開くみたいな仕組みなのか?


「あれっ? オトメ?」


 ドアから出てきたのはオトメで、門の前にいる俺に気付いたオトメと目が合う。


「――!」


 一瞬オトメは驚いた顔をしたけど、そのまま俺のことなんていつもみたいに無視して走り去ってしまった。

 それ以上に、俺が驚く。


 どうしてかはわからないけど、オトメが、泣いていた。


「ちょ! おい! どこ行くんだよオトメ!」


 まるで逃げるように家から飛び出してきたオトメ。

 何かあったに違いないと思った俺はオトメを追いかけようとしたが――その時。


「あーいいって追いかけなくて。君が誰か知らないけどさ」


 いつの間に現れたのか、門の前に俺より年上で俺よりカッコ良くて俺より背が高くて俺より頭の良さそうな――


 オトメに少し似た男が、立っていた。



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