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セーラー服の少女

 

 結局俺の予想通り、高校入学式という輝かしい日の朝メシは昨日の残り物のカレーだった。カツくらい追加でトッピングしてくれてもよかっただろうなんて思いながら俺はカレーを平らげた。

 トーストに目玉焼き、白ごはんに味噌汁なんていう普通の朝メシが恋しいが長らくそれを食べることを放棄していた俺にいちゃもんをつける権利はない。この時間に起きているなんていつぶりだ。

 

「よし……!」


 鏡で見る真新しい制服に身を包んだ自分は、何だか昨日までクズ生活をしていた自分とはまるで違く見える。ニートが社会復帰して出社初日にスーツに身を包んだのと同じような感じ――まぁ実際は感じというかほとんど同じことなんだけども。


「じゃ、行ってきまーす」

「入学早々問題起こすんじゃないわよ」

「起こさねーって」

「まぁそうね。アンタ問題起こすようなタイプでもないし」

「……」

「行ってらっしゃい、気を付けてね」


 母さんに見送られながら俺は家を出た。

 そうだ。母さんの言った通り俺は問題を起こすような問題児でもなければとびきり何かが出来るとか、クラスのムードメーカーだったりとか、母さんが知ってる学生の俺っていうのはつまり目立ったりはしないタイプだけど……それは中学時代までの俺だ!

 高校では一回くらい問題起こしちゃうかもしれないな。そんなことになったら母さんびっくりするだろうな……フフッ……


「でもやっぱり悪い問題起こしたらダメだよなぁ~。つっても良い問題、なんてあるのか?」


 部活で表彰されまくるとか? それで地域の新聞に載っちゃったり? いやいや待て俺何部に入る気だよ。 そんな長けた才能があればとっくにやってるしとっくに表彰されてるっつーの。 

 ん? でも待てよ……もしかしたらまだ俺の中に秘めた才能とかがあっちゃったりして、それに気付いてないだけなんじゃないのか? 新たな部活に入ってその才能を開花させて――


「ってその才能探してる間に3年間終わるわ!」


 今日から通学路となるこの道に、俺の一人ツッコミ声が響き渡った。

 夢見過ぎるのも、最初から頑張ろうとしすぎて暴走気味になるのもよくないよな。とにかく今日は初日なんだし、まず慣れることから始めたらいいんだ。

 そうだ。冷静になれ俺。自分をあまり買い被るな。結局俺はただの平凡な人間だったからあんな平凡な毎日を送っていたんだ。 

 それが退屈だったんじゃないのか! つまらなかったんじゃないのか!

 女子をからかって「ちょっと男子! やめなさいよ!」って叱られてるお調子者の奴や、全然カッコ良くないけどそこそこ勉強出来るのを武器にテスト前になると女子に頼られまくってた奴。そんなちょっとした奴らでさえ、羨ましく感じていた俺だろう!


「少しずつ、少しずつでいいんだ……」


 焦らずにゆっくりでいい。中学時代に羨ましいと思ってたことも、高校で少しずつ叶えられるものから叶えていけばいいんだ。


「ってことでまず最初はちょっと男子! って叱られることからかな」

「ねぇねぇ! そこのキミ!」

「え!? あ!? はいっ!!」


 真剣にどうやったら女子に叱ってもらえるかを考えていると、突然背後から肩をポンッと叩かれ俺は驚きすぎて声が裏返ってしまった。


「あははっ! ゴメンゴメン。 驚かせちゃったかな?」

「い、いや! ちょっと、びっくりしたってゆーか」


 振り返るとそこには見覚えのあるセーラー服を着た女の子が立っていた。


「――可愛い」

「え?」

「あああ! いや、その! 俺中学までブレザーだったからさ! セーラー服の女子見るのってすげぇ新鮮で! 可愛いなって! そうゆーこと! うん!!」


 声に出して言うつもりなんて全くなかったのに! 馬鹿か俺は正直すぎるだろ!


「…………」


 俺がそう言うとその女の子は急に黙って俯いてしまった。何このなんとも言えない空気。俺やらかしちゃった感じ?

 ハッ! しまったそうだよな。可愛いって言ったのを全力で否定して貴女じゃなくて可愛いのはセーラー服ですよと言ってしまったみたいなモンだ!


「えっと、ちが」

「……な」

「え?」

「……セーラー服、似合ってる、かな?」


 弁解しようとした時だった。目の前にいるその子は少し照れたように、そう言いながら小さく微笑んだ。


「めっちゃ似合ってる! うん、可愛いよ」

「アリガト。へへっ」


 そして今度ははにかんだように笑う。全身の熱が一気に顔に集まる感じがした。

 どういたしまして、の言葉が出て来ない。とにかく俺は顔の熱を冷ますことに必死になる。でも目の前にいる女の子は俺のそんな様子を気にも留めてない様子で俺の全身を上から下までじーっと見てから口を開いた。


「ところで、もしかしてだけどキミは村咲学園の生徒かな?」

「え? ああ。 そうだけど……」

「やっぱり! 見覚えある学ランだと思った! 私も今日から村咲学園に通うの!」

「あ、やっぱりそうなのか! 俺も見覚えあるセーラー服だと思ったんだ――」


 ちょっと待て。俺。

 制服はどんなものになるか、自分の家に届くまで一切分からなかったハズだ。

 なのに見覚えがあるなんて発言したら、変に思われないか!? いやあれは勝手にセーラー服が俺のところに届いただけで、学校の不備だし、俺には後ろめたいことなんてない。

 いやでもこの子も見覚えある学ランって今言ってたような――


「どうかした?」


 今日何度目か分からない一人百面相をしていると、女の子は首をちょこんと傾げて俺を見た。


「いや、見覚えあるって言ってたけど、制服って公開されてなかったよなぁって思って」

「え? そうだけど……キミは入学前のアンケートで学ランとセーラー服の方にマルをつけたんじゃないの?」

「それはそうだけど」

「だったら見覚えあって当たり前だよ~! 私も学ランとセーラー服にマルをつけたの!」

「マルをつけたら見覚えあって当たり前って?」

「だって両方届いたでしょ? 家に」

「……届いた」


 どういうことだ? 何を言っているのかが全然俺には理解できていない。


「あ! こんなこと話してる場合じゃない! あのね、私学校までの道がわからなくて、よかったら案内して欲しいんだけど……」

 

 全然理解出来てないってのにこのセーラー服女子からしたら“こんなこと”の一言で片付くみたいだ。

 俺の頭の中は絶賛混乱中だけど、とりあえず今は目の前の同級生サンを助けるのが優先だよな。


「構わないよ。一緒に行こうか」

「本当!? ありがとう! えっと……名前聞いてもいい?」

「麻丘伸也。好きに呼んでいいよ」

「麻丘くん! 私は佐伯サエキ那智ナチ! どうぞよろしくお願いします!」


 ぺこりと頭を下げ、手を差し伸べられる。好きに呼んでいいよってかっこつけて言ってみたものの、普通に苗字に君付けで少しだけガッカリした俺がいたのは内緒だ。


「えーと、こちらこそよろしく。佐伯」


 そのまま佐伯と握手をすると、セーラー服によく似合うベージュのセミロングの髪を揺らしながら佐伯は微笑んだ。

 ――うん。佐伯はやっぱり普通に可愛い。もしかして入学初日からこんな出会いがあるなんて俺はめちゃくちゃラッキーなんじゃないのか?


「じゃあれっつごーっ! 案内よろしくお願い致します! 麻丘隊長!」


 敬礼のポーズをとりながら佐伯はにこにこしている。俺の人生で今まで女子にこんなに可愛くお願いをされたことがあっただろうか? 隊長などと呼ばれたことがあっただろうか? ないに決まってんだろチクショウ!


「おう! 任せろ!」


 俺も同じポーズで佐伯に返事をすると、佐伯はまた嬉しそうに「へへ~」っと笑った。

 こんなことをしても「きもい」だの「痛い」だの「何やってんだお前」だの言わない佐伯に感動する。

 

 学校までの道を他愛もない話をしながら歩いていてわかったこと。

 佐伯はどうやら中学はここから少し遠いところに通っていたらしい。三月に引っ越しの予定があったから家からも近くなる村咲学園を受験したのだとか。ふむふむ。


「……そういえばさ、さっきの話に戻っていい?」

「さっき?」


 俺はすごく気になっていたのに途中で終わってしまった制服の話を切り出した。

 悪いな佐伯。佐伯にとって“こんなこと”でも俺にとっては“気になって夜も眠れないこと”なんだ……!


「いや、制服……どっちも届いたって言ってたけどさ、あれって学校側の不備とかじゃないってこと? 俺どうしてセーラー服も入ってたのかわかんなくて今日学校の人に言おうと思ってたんだけど」


 そう言うと佐伯はぽかんとした顔で俺を見る。 

 

「麻丘くん、制服と一緒に入ってた紙読んでないの?」

「紙?」


 そんなもの入ってたのも知らなければもちろん読んだ記憶もない。


「あちゃー! 読んでないのかぁ。あのね、どっちでも好きな方を着ていいですよーみたいに書いてある紙が入ってたんだよ。帰ったら読んでみたらいいかも!」

「…………は?」


 ど う い う こ と だ ?


「ちょ、ちょっと待て! 好きな方って……何で!? 何の為に!?」

「何でって言われてもそう書いてあったからなぁ」

「いやおかしいだろ! 俺がセーラー服着て学校に来てもいいですよってことか!?」

「そうそう! きっと麻丘くんが着たら可愛いよ!」

「着ねぇよ可愛くねぇよ!!」

「え~? そうかな~?」


 何で佐伯はこんなにケロっとしてるんだ? どういうことだよ? 入学式目前に学校への不信感ハンパないんですけど!?


「あ! 着いたよ麻丘くん!」


 俺が頭を抱えてる内に、どうやら不信感募りまくりの村咲学園は数メートル先まで近付いてたようで、真新しい門がやけに眩しく目に映る。


「――何だこれ」


 佐伯に手を引かれくぐった村咲学園の門。

 その先には、更に俺の頭を悩ませる光景が広がっていた。



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