いつか王子様が……?
あの不良絡まれ事件から一週間近く経った今日この頃。
あれから佐伯が隠されし力を使うことはなく、俺もオトメもあれはきっと何かの間違いだったのかと思っていた――が。
今目の前で起きている現象を見て、やっぱりあれは現実だったんだということを思い知る。
現在、スポーツテスト真っ最中です。
俺はスポーツテストが苦手だ。苦手というより、嫌いだ。
運動能力は言うまでもなく並。何か一つ得意な種目があるとかでもなく全て並。
握力とか立ち幅跳びとかボール投げとかはすぐ終わるからまだいいけどシャトルランや長距離走になるともうしんどすぎて地獄だ。
スポーツテストは学級委員がクラスメイトを引率しなきゃいけなくて、それだけで既にしんどいっていうのに……
しかも昨日の学級委員会が思いの外長引いてそれもまた疲労の原因になってる気がする。
おっといけない。話が少しズレてしまった。
今俺達A組は握力、長座体前屈、上体起こし、反復横跳び等の室内種目を終えている。
次の砲丸投げの為に今は外に移動中だ。
「はー疲れたねぇ麻丘くん」
「ああ……ていうか、すごいな佐伯」
「え? 何が?」
本人こそきょとんとしているが、俺は見ていた。
凄まじい運動能力をこのスポーツテストで発揮している佐伯の姿を。目の前で。
もしかして俺より総合成績いいんじゃないか……いや絶対いい。
「シンヤ!」
「あー、オトメ……お前も疲れた顔してんな」
「当たり前じゃない。昨日の無駄に長引いた委員会からのクラスまとめながらスポーツテストなんて……何であたしがこんなこと」
「それに関しては俺も全く同感」
砲丸投げの場所に行くと、ちょうど俺達と入れ替わりのタイミングなのかB組の奴らがいた。あと何人かで終わるみたいでその間オトメとお互いを労い合う。
チラッと見えたオトメのスポーツテスト記録票が悲惨なものだったことは見なかったことにしよう。
「早乙女さーん! お疲れ様ー! スポーツテスト終わったらお昼一緒に食べようねー!」
「え、ああ、そうね」
オトメの姿を見つけたであろう佐伯が俺達の方に駆け寄ってくる。
こんなちょこちょこ走ってる子がきっと今から砲丸をブッ飛ばすんだろう。
「……なぁオトメ、やっぱ先週俺達が見た光景夢じゃなかったぽいぞ」
コソコソとオトメの耳元でそう言うと、オトメはすぐに俺の言いたいことを理解して同じように俺の耳元で話し始める。
「そんなこと言われたら佐伯さんの砲丸投げを見ないワケにはいかなくなるじゃない」
「俺より遠くに飛ばしてたらどうしよう……」
「飛ばすでしょうね。空の彼方まで」
空の彼方までは言い過ぎだ。
佐伯はコソコソと話す俺達に文句を言ったりちょっかいをかけたりもせず、ただいつもみたいに微笑みながら黙ってその様子を見守っていた。
そろそろB組の全員が砲丸を投げ終わる頃、近くからキャーキャーとやたらと黄色い声が聞こえて来て俺達三人はその声の方を一斉に見る。
そこには一人の男子(仮)に群がる大量の女子(仮)。
「かっこいいー!」「さすが王子ー!」「運動神経抜群ー!」だのなんだのとにかくキャーキャー騒がれている。
中心で笑顔を振りまいている男子(仮)はやたらとイケメンで、オトメの最低兄貴よりもイケメンだった。
「誰だアイツ……」
俺が言うと佐伯とオトメも「さあ?」と首を傾げる。
「なぁ、アイツ誰なの? めっちゃ人気者だけど」
人気の男が気に食わないという妬み丸出しの俺は、全然話したことのないクラスメイトにアイツの正体を知りたいが為だけに話しかけた。
「ああ、入学早々王子様って騒がれてるC組の二階堂亮って奴だよ」
「王子様? 王女様かもしれねーじゃん!」
「どっちにしろ美形ってことだよ」
二階堂亮って名前までカッコ良いじゃねーか更にムカつく……!
ああいう奴は今までもずっと女にちやほやされて人生イージーモードで楽しく生きてきたんだろう。
女だけじゃ足らず男にもちやほやされたくなってこの学園に入ったに違いない。何て奴だ。
しかもC組って河合のクラスかよ。絶対ロクな人間いないぞ。まず学級委員長がまともじゃないからな。
「ま、俺が関わることはないからいいか」
「シンヤ、待たせたわね。 終わったから次移動するわ」
「あ、おう! もうちょっとお互い頑張ろうな」
「またね早乙女さん!」
オトメと別れて俺達A組は砲丸投げを開始する。期待を裏切らない佐伯の投げっぷりを見て俺は佐伯は男なんじゃないかと不安になった。
****
「終わったーー!」
一日かけて終わらせたスポーツテスト。もう身体がバッキバキのズッキズキのベッキベキだ。
昨日の疲れと今日の疲れが一気に来て歩くのもだるいけどさっさと家に帰らなきゃな……今日は絶対見たい特番があるんだ!
重い身体を起こして校門まで来たところで、俺は明日提出しなきゃいけないプリントを引き出しに入れたままなことを思い出した。
「――気付いたのが家だったら潔く諦めたのにクソッ」
校門で気付いてしまったからには取りに戻るしかないと思った俺は急いで教室に戻る。
「あれ!? ない! え!?」
自分の引き出しを見てもプリントが入っていない。確かに引き出しに入れた記憶はあるのにどうして――
「そうだ、昨日の委員会の時だ!」
俺は昨日の学級委員会の時に座っていた机の引き出しにファイルごと入れたままにしていたことを思い出した。
二年A組の教室まで行かなきゃいけない。特番まで時間もないし身体痛いし最悪だ! 全部自業自得だけど!
急いでいたので階段を駆け上ると、曲がった瞬間に強い衝撃を感じた。これは、人とぶつかった感覚だ。
「――ヤベッ!」
突然の衝撃のせいで俺のバキバキの身体はそのまま背中ごと階段の下へ落ちて行く――筈だった。
「危ない!」
グイッと腕を引っ張られ、俺の身体は階段から落ちずにちゃんと二本足が床に着いている。
きっとぶつかった奴が俺を瞬時に引き上げて助けてくれたんだろう。素晴らしい身体能力と判断力に拍手だ。
お礼を言おうと顔を上げると、やたらと眩しいイケメン顔が目の前にあった。
――あれ。この人っててうちの学園の王子様じゃないですか?
「よかった……大丈夫? 怪我しなくて本当によかったよ」
声もカッコ良いの? 既に顔も名前もカッコ良いのに?
近くで見ると本当に憎いくらいのイケメンだ。遠目で見るからカッコ良いとかでもなく近くで見た方がカッコ良いって……
下手したら俺が生きて来た中で見た人間で一番イケメンなんじゃないかコイツ。何で俺コイツに助けられたんだよ。
気に食わないことしかないけど、階段から落ちずに済んだのはコイツのおかげだ。
「ありがとな。助かった」
だから一応、礼は言っておく。
俺はそのまま王子様の横をすり抜けてA組の教室へ向かうつもりだったが、後ろからガッと肩を強く掴まれて驚いて後ろを振り返る。
そこには俺よりも驚きに満ちた表情の王子様が……
「な、何だよ? 悪いけど俺急いでて」
「君、今ので僕に惚れなかったの……?」
「はっ!?」
「だって生まれた時から可愛い、小学校に入るとカッコ良い、そして現在進行中で王子様と呼ばれているこの僕が階段から落ちるところを救ったのに顔を一つも赤らめなかったよね……!?」
いやコイツ真面目な顔して何言ってんだ。自慢なのか? 自慢だよな? そんでもってやっぱり変人じゃねーかさすが河合が仕切るC組!
大体俺がいくらコイツがイケメンだからって顔を赤らめるワケないだろ。だってコイツ男だぞ? 俺を引っ張った時の力の強さ、男で間違いない。佐伯みたいなパワーを持った女がゴロゴロ存在してたまるか……え、佐伯女だよな?
ああもう今は佐伯の話じゃなくて! 話が脱線しやすいのは俺の悪い癖だ。えっとつまり俺が言いたいのは――
「男が男に惚れるワケねーだろ」
そう、こんな簡単な結論だ。
俺は完全にノーマルなんでね。そういう癖は持ち合わせてない。
王子様はぼーっと俺を見つめた。いや、だから俺急いでんだけど……そんな綺麗な顔で見つめられても別に俺は顔赤らめることないから他に見つめられたい奴いっぱいいるから!
「――君こそ僕がずっと求めていた女性だ!」
俺の両手を握りながら、王子様は言った。
「いやいやいやいや俺男だから!」
「男だったら僕みたいな完璧人間に妬みの感情しか抱かないからちゃんとお礼を言ったりしない」
そんな解釈ある!? 俺口に出さなかっただけで心の中ではお前に妬みの感情しかなかったよ!?
何も知らない王子様の暴走は止まらず、跪いて俺の手を取る始末。
その姿はまさにに王子様だけど階段と階段の間で何してんだコイツ。
「名前を教えてプリンセス」
「――プリンセスって俺のこと言ってる?」
「他に誰が? この世界に今僕と君以外の人間が存在してるとでも?」
――もうこんな変人王子の相手なんぞしていられない。この場を凌いでさっさと帰るが吉だ。
「……麻丘伸也!」
どうだ、これでもないくらい抜群に男の名前だろう! 俺は少しドヤりながら名前を言ったが、俺の名前を聞いても変人王子の態度は変わることなく――
「僕は二階堂亮。よろしくね? マイプリンセス、アサコ!」
ちゅ、と手の甲に嫌な感触。俺の叫び声が学園中に響き渡ったのは入学式以来のことだった。