プロローグ
ピピピッ……ピピピッ……
寝る前に設定した携帯のアラーム音が枕元で鳴り響く。
うるさい。もう少し寝かせてくれ。自分でこの時間に設定したくせにそんなことを思いながら携帯に手を伸ばすが、寝ぼけているからかうまく掴めない。
そうこうしていると携帯をベッドから落としてしまい、目を擦りながら拾いあげるとうるさいアラーム音を解除するため俺は画面を思い切り連打した。
「……はっ!?」
自分の指紋べったりな画面に表示された時刻を見て一気に眠気は吹っ飛ぶ。
時刻、十九時十一分。
「はぁ~……またやってしまった……」
すっかり暗くなっていた部屋を見てため息を吐き、そのまままた背中からベッドへダイブする。
絶賛春休み中だった俺はここのところ毎日朝に寝ては昼に起き、そして昼飯を食ったらまた眠気に襲われて寝る、というつまりクズのような生活を送っていた。
もちろん、そんなに寝ていたら夜眠れるワケもなく、俺の生活リズムは完全にこの心地良い春の暖かさによって狂わされてしまっていたのだ。
いつものように徹夜でゲームして、飽きたら漫画読んで、ネットサーフィンでもしていたら朝に勝手に眠くなるはず――
でも今日はそんなワケにはいかない。何故かって? 簡単な話だ。
この春休みは、今日で最終日だからである。
俺、麻丘伸也は明日、今年設立されたばかりの私立村咲学園へと入学する。
家からはそこまで遠くない。しかも設立されたばかりの真新しい校舎。 一期生。魅力的な条件に俺はすぐに受験を決めた。
まだよくわからない出来たばかりの学園に入学することを躊躇う同級生が多く、同じ中学出身の奴は誰一人としていない。俺にとってそれは好都合でしかなかった。だって……だって……
「もう地味な学園生活なんてオサラバだーーっ! はーはっはっは!」
中学校三年間。特に何も変わらない毎日。 入っていたサッカー部もモテたかっただけで入部し、あまりのハードな練習についていけずに一年も経たない内に幽霊部員。もちろんモテない。
そこでちょっぴり淡い恋心を抱いていたマネージャーの栗原さんだけが癒しだったが学年一イケメンと言われていたサッカー部のエースと付き合っているという噂を聞き俺は遂に部を去った。
それからも特に何もない。授業を受けて、帰るだけ。誰とでも仲良くは出来たが親友と呼べる程の奴は一人もいなかった。
だから俺は村咲学園を受験すると決めたとき心に決めた。絶対に受かって、俺の青春すべてをこの高校生活に捧げようと。
必死で受験勉強をし、よくわからない質問をたくさんされた面接試験も乗り越えて合格を掴み取った。
明日の入学式は重要だ。大事な初日に寝坊なんてするワケにはいかないし、だからといって寝不足のままの酷い顔で入学式を迎えたくない。どうにかして夜無理矢理寝なければ。
もう徹夜でゲームをして日が昇ると共にベッドに入るなんていうクズ生活は許されない。
「あ、そうだ! まず制服出しとかないとな」
学園から届いた制服を一度ダンボールから出しただけでそのまま押入れにしまったままだったことを思い出した。
これだけ新しい学園生活に胸躍らせといて、制服の扱いが雑だったことに反省する。
「それにしても宅配で制服が届くって珍しいよな……」
村咲学園の制服は、学園にサイズを伝えるだけで後は勝手に制服が送られてくる、という変わったシステムだった。
まだ制服のデザインもちゃんと出来ていなかったのか、サイズを記入する欄に学ランがいいかブレザーがいいかなどという質問もあった気がする。
何故かセーラーがいいかブレザーがいいかという質問にも答えなければならなかったのもよく覚えている。
ちなみに俺は中学がブレザーだったことと、そして女子はブレザーよりセーラー服派なので学ランとセーラー服に勢いのあるマルをつけて提出した。
「結局学ランになったんだよなー」
押入れからダンボールを引っ張り出し、中から制服を取り出して、ピカピカと輝いて見える真新しい学ランを見つめる。
俺の希望通りの学ラン……! 今まで放置プレイしててごめんな……!
あの質問が書かれた紙を見たときは、本当に制服が出来てないのかという不安がよぎったけど、無事にこうして手元に制服が届いて安心した。
これからよろしくという意味をこめてそのまま学ランを抱き締める。うわ、何だか新品の布のいいニオイが――
「ちょっと伸也! アンタまだ寝てるの!?」
「うわっ! 勝手にドア開けんなよ!」
「あら起きてたのね」
突然部屋のドアが開いて、そこにはエプロン姿のままの母さん。
頼むからノックをしろ。そして俺が学ランを抱き締めているという行為にせめてツッコミをいれてくれ。
「ご飯できてるから、手洗って早く降りて来なさい」
「……すぐ行くって」
願い虚しく母さんはノーツッコミで部屋から出て行った。
俺は学ランを一旦またダンボールに戻そうとした……が、その時、学ランの下に敷かれていた紙の奥に更にもう一着何かが入っていることに気付く。
「何だ?」
ゴソゴソと紙の下にある制服を取り出し、広げるとそれは――
「セーラー服?」
どこからどう見てもそれは女物のセーラーで。
白セーラーに紺の襟。そして赤色のスカーフ。定番中の定番で俺が一番好きなセーラー服だ。
いやでも紺色のセーラーもやっぱり捨てがたい……でもやっぱり白セーラーに白カーデ萌え袖は最強だと思う。
「可愛いな――じゃなくて! 何だコレ? ミスか?」
学園側のミスとしか考えられない。
俺がコレを着るワケがないのだから、きっとミスだ。
「明日、学園の人に言っておくか……」
「伸也! 早くしなさい! 片しちゃうわよ!」
「あー! 今行くって!」
母さんの怒りの声が聞こえ、俺はセーラー服も学ランもダンボールに投げ込み部屋を出た。
あ、カレーのニオイだ。 急に腹減って来た……いつものパターンなら明日の朝は今日の残り物のカレーになるんだろう。
何はともあれ、俺は明日私立村咲学園へと入学する.
俺の青春は全て託した。あとは夜眠れるかどうか、今はそれだけが心配だ。
そう、俺はこの時気付いていなかった。
ダンボールの中に入っていた、一枚の紙切れに――