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ニューゲームにチートはいらない! 作者:三木なずな

第七章

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01.高貴な少女

 クムス王国、王都グレートクムス。
 その郊外にあるムータ湖に人が詰めかけていた。。

 湖の上に小船が浮かんでいる。
 船に乗っているのは二人の女。

 片方は慈愛と気品と、そして威厳を併せ持つ老婦人。
 クムス王国現国王の母、太后その人だ。

 もう一人は対照的に若く、太后に勝るとも劣らない程の上品さをたたえる一方で、可愛さと妖艶さがハイレベルで融合している美女。
 元娼婦であるビアンカは、太后と小船に同乗して、琴を奏でていた。

 船は一隻、だから観客は太后一人――というわけではなかった。
 小船に乗っているのは確かに太后のみ、湖面にはビアンカと太后以外の人間は存在しない。
 しかし岸の上はそうではない。
 見渡す限りで百人を優に超す、様々な女性が離れたそこでビアンカを曲を聞き入っている。

 うっとりするもの、感涙するもの、既に失神しているもの。
 様々な反応をする彼女らには一つ共通点がある。

 貴顕。

 あるものは貴族の妻、あるものは豪商の娘、そしてあるものはのし上がっている真っ最中の高級役人。
 様々な身分の女達は、ビアンカの琴を聞くためだけにここに集まっていた。

 ムータの湖は、ビアンカの旋律に支配されていた。

     ☆

 湖から少し離れた所で、俺はヘリンとエステル、そしてジュリエットの三人と一緒にいた。

「す、すごいですねビアンカさん……」

 周りがびっくりするくらい静かな中、演奏の邪魔にならない配慮からか、エステルは押し殺した声でつぶやいた。

「太后だけではない、上流階級の間にも信奉者は多く存在していたようじゃな。女は百人かそこらじゃが、それを守る兵士が1000を超しているのじゃ」
「ビアンカさんの琴はそれほどに素晴しいのです」

 ジュリエットは興奮気味にいった。
 そういえばジュリエットはビアンカとは古い知りあいらしいな。「ビアンカさん」に「ジュリちゃん」と呼び合う関係で、俺の知らない過去が二人の間にある。

 気にならないといえば嘘になるが、ビアンカが話さないから、俺もあえて聞こうとしない。

 三人と一緒にビアンカの演奏に耳を傾けた。
 何度も聞いてきたビアンカの演奏は素晴しい……けど。

「不満そうな顔をしているのじゃ」
「え? いや別に――」
「隠すことはないのじゃ。小僧は今、『ビアンカの演奏はこんなものじゃない』と思っているのじゃろ?」
「そんな事は……すこし、あるかも知れない」

 ヘリンの指摘は正しい。
 俺は確かにそう思ってる。
 周りの人間、地位の高い女達が聞き惚れているビアンカの演奏はどこか物足りないと思ってしまう。
 悪くはない、どこか悪いとは口が裂けても言えない。
 それでも……ちょっと足りないって思ってしまう。
 なんでだろう。

「あれは娼館文学じゃからな」
「娼館文学? 文学って……音楽じゃないのか」
「文章、詩、絵画、音楽。それらをまとめて文学と呼び習わしているのじゃ。文化と言っても良いが、何故か文学で根付いてしまったのじゃ」
「こだわりがあるのか」
「しかり、じゃからこその娼館文学」

 静かに、しかしはっきりとうなずくヘリン。

「娼館にうまれ育まれてきた娼館文学。それは閨の中で男を満足させるもの。こんな太陽の下で女どもを楽しませるものではないのじゃ。従って小僧が物足りないと思うのは至極当然」
「そういうものなのか」
「小僧にわかる様に例えるのなら」
「うん?」
「わしを倒すために特化した技が、他の人間相手に100%の効果を発揮することはない」
「なるほど」

 それなら分かる。
 精霊ヘリンを倒し続けて五十年、それで身につけた技は他でも通用、流用できるが、やっぱりヘリン相手の方が本来の効果を出せる。
 ビアンカのそれも同じって事か。

 納得したところでビアンカの音色に耳を傾ける。
 一曲が終わり、余韻の中、観客から次々と感嘆の声が洩れた。

 小船の上でビアンカと太后が喋り始めたから、観客達も口々に雑談を始めた。
 さっきまであれほど静かだったのが、一瞬にして市場の様な喧噪さになった。

「ちょっと、そこのあなた」
「うん?」

 いきなり若い女に話しかけられた。
 何事かと声の方を向くと、貴族らしき少女の姿が見えた。

 歳は14、5程度。エステルよりも若い。
 いやむしろ幼いっていった方がいいか。見た目こそ14、5だが、表情がまるっきり子どもで見た目よりも幼く見えてしまう。

 一言で言えばわがままな子ども。
 見た目10歳程度だが、老成した空気を全身に纏っているヘリンとは対照的だ。

「お前は――」
「お前じゃない! あたしはパノラマ・サン・クムス。れっきとした王族よ」

 少女――パノラマは強く主張していた。
 聴衆の中に太后以外の王族がいるのは知ってたけど、直々に話しかけられるとは思っていなかった。

「はあ……えっと……、パノラマ……様? 俺に何かようですか」
「あんた、ビアンカ様を身請けした男だって?」
「え? あ、ああ」

 予想外の質問にすこし戸惑った。

「ふーん、どんなもんかって思ってたけど、この程度の男なのね。冴えないことこの上無いじゃないの」
「……」
「一億」

 パノラマがいきなり指を突き出してきた。

「え?」
「それで十分でしょ。後で現金を届けさせるから、それを持って消えなさい」
「ちょっと待て、どういう事なんだ? 一億に現金って……一億ドーラのことか?」
「そうよ」
「何のために」
「ふふ、わからんか小僧」
「ヘリンは今ので分かったのか?」
「私も分かりました」
「エステル?」
「私も……」

 控えめな感じで小さく手をあげるジュリエット。
 どうやら話を理解してないのはこの中で俺だけだ。
 ジュリエットは複雑そうな顔をして、エステルは苦笑いしている。
 ヘリンはすごく楽しそうだが、よく見たら瞳が冷たくてさげすんだ色がある。

 どういうことだ? と三人に聞く前にパノラマが更にいってきた。

「あんたじゃビアンカ様にふさわしくないのよ。手切れ金に一億くれてやるからそれをもって何処へなりと消えなさい」

 ……手切れ、金?

「そういうことだから、じゃ」
「待って」

 俺はパノラマを呼び止めた。
 言いたい事だけ言って、身を翻して颯爽と立ち去ろうとしたパノラマ。
 俺に引き留められたせいか、不機嫌な顔で振り向いてきた。

「何よ」
「えっと……金をもらうつもりはない」
「はあ? あんたなに言って――」
「ビアンカは俺の妻だ」

 パノラマの言葉を途中で遮って、きっぱりとした口調で言い放つ。
 最初は言葉を選んでいたが、次第にこう言うしかない――こう言いたいという気持ちが強くなった。
 それがはっきりと口調に出た。

 エステルとジュリエットの息づかいと、ヘリンの口笛の音が聞こえてくる中。
 パノラマはさっき以上に不機嫌な顔をした。

「身請けしたからっていいたいんでしょ。知ってるわよ。あたしはね、あんたがビアンカ様にふさわしくないって言ってんの」
「それは違う」
「はあ?」

 甲高い声、ほとんどかんしゃくをおこしかけてる声を漏らし、不機嫌な顔で俺を睨むパノラマ。

 ビアンカにふさわしくない……。
 ちょっと前までの俺だったら、それを言われたら「そうだよな」と気弱に思ったことだろう。

 俺なんか何の取り柄もないダメ人間だ。
 それに引き換えビアンカは太后や貴族の女達を虜にする音楽を奏でる素晴しい女性。
 ふさわしくないっていわれたら、誰よりもまず俺がその正しさを強く主張しただろう。

 でも、今は違う。
 俺はもう違う。違うように振る舞うと決めた。

「世界で俺だけだ、ビアンカにふさわしい男は」
「なに偉そうな事をいってんのよ! あんたなんか――」
「むっ?」

 ふと、俺はある事に気づいた。
 なにかがおかしい。

 パノラマの事じゃない、何かがおかしいのだ。
 彼女越しに、辺り一帯を俯瞰(、、)する。

 気づく。貴人達を守っていた兵士達の動きがおかしい事に気づく。

 意図がおかしい。
 今までは「守る」為に存在していた動きがまるっきり別のものになる。
 はっきりと言葉にする事は難しい、まだ俺自身もやっとしている。
 が、「守る」からかけ離れてるのだけはわかった。

「――っ!」

 ゾクッとした。
 更にそれを――「意図」を探ろうとした瞬間とんでもない悪寒が背筋を駆け上った。

 気がつけば俺は走り出した。
 未だに泉の上の小船にのっているビアンカに向かって。

「ルーカス殿!?」

 驚くジュリエットの声を背負って、猛然と駆け出していく。
 護衛する兵士が止めるのを突破して、畔でぐっと踏み込む。

「駆け抜けろ小僧! その方が速い!」
「――っ!」

 ヘリンの声が聞こえた。彼女のアドバイスに素直に従った。
 地を蹴って大ジャンプしようとしたのをやめて、更にスピードを上げて駆け抜ける。
 どうなるか分からなかったが――すぐに分かった。

 俺は湖の上を走っていた。
 ヘリンのアドバイスで一気に駆け抜ける、足が沈むよりも速く前に出る。
 結果、湖の上を走っていた。

 自分にこんなことが出来たのかと驚く暇はなかった、悪寒がますます強くなったからだ。

 ビアンカに迫ったところで、彼女をのせた船の真下から何かが広がってくるのが見えた。
 黒い、まがまがしい何か。
 気づいた時にはほぼ手遅れだった、それは圧倒的な速さで広がって、湖面に出てきた。

「ルーカス様?」
「くっ!」

 驚く彼女を、とっさにひったくるように抱きかかえた。
 そのまま駆け抜ける、足を止めずに駆け抜ける。

 湖を縦断して岸にあがる。

「きゃあああ!」

 一つの悲鳴を皮切りに、背後から次々と悲鳴が上がった。
 振り向くと、得体の知れない何かが湖を包み、湖畔にいる人間を呑み込もうとしていた。

 遠目にヘリンがエステルを同じようにさらって退避しているのと、ジュリエットが王国兵士を指揮しているのが見えた。
 みんなは大丈夫のようだ、こっちももう少し離れて安全なところに行こう。

「あの……ルーカス様」
「悪いビアンカ、話は後だ、まずは安全な場所に退避しよう」
「わかりました」

 ビアンカは納得して、俺にしがみついてきた――が。
 そこで俺は気づく、彼女に起きた異変に。

 しがみついてきたビアンカが小さかった。
 何度も彼女を抱いている、抱きかかえてもいる。
 俺の腕が覚えているビアンカの感触とかけ離れていた。

 どういう事だ……と視線を腕の中に向けると。

「――っ!」

 少女がいた――子どもがいた。
 ダボダボのドレスを纏っている子ども、面影だけは残っている子ども。

 体も、脳も停止した。

 ビアンカが、10日そこらの子どもになっていたのだった。
書籍版発売中です、こちらもよろしくお願いいたします。
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