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ニューゲームにチートはいらない! 作者:三木なずな

第二章

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02.涙目のヘリン

 全裸の幼女――精霊ヘリン。
 なんてここにいるんだ? いやそれ以前に本物なのか?
 他人のそら似、って事は――。

「わしを押し倒すとは、貴様よほど死にたいようじゃな」

 あっ、この口調。
 こいつ本物だ。本物のヘリンだ。
 おれは慌てて立ち上がってヘリンから距離をとった。

 昨日ビアンカを連れ帰った直後に、その辺に投げ出した木刀をつかんで、構える。
 ヘリンはゆっくりと立ち上がって、片手を腰に当てた。
 起伏のないすとーんってした肢体、見た目とアンバランスな大人びたポーズ。
 雰囲気がまるっきりあのヘリンで、おれは警戒レベルを最大にした。

「な、なんでここにいる」
「知らんな、気づけばここにいた。神とやらの思し召しかもなあ、貴様を八つ裂きにせよという」
「くっ」

 本当に神がいるとしたらそいつはとんだ邪神だ。
 ギリギリで倒したヘリンをこんな時にこんなところによこすなんて。

 ヘリンは更にゆっくりと歩いてきて、おれの前にたった。
 ほとんど体をくっつけるくらいの、ダンスが出来そうな距離まで迫ってきた。

 攻撃は――出来ない。
 おれは先制攻撃が出来ない、やり方を知らない。
 向こうが先に動いてくれないことには、どうしたらいいのか分からない!

「どうした、動かぬのか? ならばこちらから……行くのじゃ!」
「――っ!」

 ヘリンが動いた瞬間、おれも動いた。
 その場に残像を残して、一瞬で背後に回った。
 おれは木刀を逆手に持ち替えて、背後に向かって突き出す。

「あまいのじゃ!」

 次の瞬間ヘリンは前に戻ってきた。
 三シャークほど――大人二人分くらいの距離。
 一瞬で背後に回って、おれが反応したのとほぼ同時に一周して戻ってきた。
 速すぎる。神速のヘリンの二つ名は伊達じゃなかった。

「そーら、更にいくのじゃああ――ぷみゃ!」

 動いた瞬間、ヘリンは頭から床に突っ込んだ。
 それでうったのか、赤くなった鼻を押さえて涙目で立ち上がる。

「……」
「……」
「……」

 部屋の中がシーンと静まりかえった。妙な空気が流れた。
 なんだいまのは……まさか?

「いててて……」
「ずっこけた、のか?」
「な、なにをいう。このわしがそのような醜態をさらすはずがなかろう」
「だ、だよな」

 おれもそう思う。
 アクリーを絶望に陥れた精霊、神速のヘリンだ。
 いくら何でもこんな何もないところでずっこけて、鼻をうつなんて事はあり得ない。

 ヘリンは立ち上がり、ゆっくりと歩いて、もう一度おれの目の間にやってきた。
 そして今度は――分身した。
 おれの前に三つに分身した。
 増えたわけじゃない、あまりの速さで三つに分身して見えるだけだ。

「そんな事も出来るのか!?」
「当然じゃ!」

 正面のヘリンは口の端をゆがめた、左のヘリンはあっかんべーをして、右のヘリンは耳をほじくって指にふーって吹きかけた。
 速い、そして余裕がありすぎる。

 速さによる分身でそんな事が出来るなんで。
 ヘリンはやっぱりちゃんとしたヘリンだった。

 木刀を構える、全神経をヘリンに集中する。
 三人のヘリンが同時に攻撃をしかけてきても先に(、、)動けるように集中した。

「そら、今度こそいくのじゃああああ――はうあ!」

 いったん下がって、助走をつけようとしたヘリン。
 瞬間、分身が消えて ――またずっこけた。
 しかもその時に家具の角に足の小指をぶつけて、うずくまって悶絶してる。

「……」
「……」
「……」

 また微妙な空気が流れる。

「えっと……一体どうなってるんだ?」
「おそらく」

 口を開くビアンカ。

「なんか分かったのか」
「ええ、見ていて、ある程度推測は。しかし話してもいいものか。その、出しゃばるのはルーカス様に失礼なのではないかと」
「失礼?」
「女がこういう時口を挟むのをあまり快く思わない方も」
「なんだそんな事か」

 微笑むおれ。

「失礼なんて事はない、いやなんて思わない。というかおれは頭がわるいんだ、気づける人はすごいって思う」

 こう言うと、何故かビアンカはものすごくびっくりした。
 どうしたんだろうって思ってると、すぐにまだ穏やかな顔に戻って、おれを見つめて言った。

「かの鉄血皇帝アーサー・ドレイクは言いました」
「おおう?」
「天才とは自分の失敗や弱点を自慢したがる(、、、、)人種である、と」
「ほえ……」

 そんな言葉があるんだ。
 そういえば娼館の老人が言ってたな、ビアンカの様な女には教育を受けさせてるって。貴族の相手もするから、そういうのが喜ばれるって。
 それで覚えた言葉なのかな。

「それと同じ事をしているルーカス様は、やはり果てしない方だと思います」
「いや自慢じゃないぞ、おれのはただ本当の事をいってるだけだ」

 才能がない、頭が悪いのは確実だ。
 七十年間不遇の生活が何よりの証拠。
 自慢でもいじけとかでもない、単なる事実。

「だとしても、同じ事だと思いますわ」

 なんか恥ずかしいな。

「そ、それよりも気づいた事って?」
「ええ。もしかして、ヘリンはルーカス様のそばでしか元の力を発揮できないのでは? と思いまして」
「おれのそば?」
「そうです。もっと言えばルーカス様の半径一シャーク以内でしか」

 おれはヘリンを見た。全裸姿の幼女はまだ足の小指で悶絶してる。
 そういえば転んだのも、角に小指をぶつけたのもおれから離れたからだっけ。
 だとしたら……。
 ビアンカの言葉を信じて、ヘリンに近づいていった。

「むぅ!」

 半径一シャーク以内に入るなり、ヘリンの目がカッと見開かれた。
 それまでの悶絶が嘘だったかのようにぱっと飛び上がる。

「貴様何をした!」
「近づいただけ――」
「なんでもいい、死ねえ!」

 今度は飛び回らず、柔らかそうな手で拳を握って殴ってきた。
 パンチもものすごく速い、一秒間に百回以上殴れるくらいの速さだ。

 それをしっかり見て、後から先に(、、、、、)動いて、ヘリンに反撃した。
 肩をしたたかに打って、その反動で一歩後ずさる。
 当てた瞬間大した反応はなかったが。

「――いた、いたたたたた!」

 半径一シャークから出た瞬間、ヘリンは肩を押さえてうずくまった。

「き、きしゃま……なにをしたぁ……」

 顔を上げておれを睨む、幼い姿と相まって、涙目なのがちょっとかわいそうになってくる。

「やはりそのようですわね」
「ああ、ビアンカの言うとおりだ。おれから離れるとただの子供になるみたい」
「なんだと! それはどういう事じゃ」
「あれ」

 ビアンカが手をすうと伸ばして、万年床の上に転がってるおれの死体を指した。

「なんひゃあれは――ってもう一人おるのじゃ!?」
「あなたとルーカス様はルーカス様から生まれました」

 何回聞いても頭がおかしくなりそうな状況説明だな。
 それを普通に言えるビアンカってすげえな。

「その影響であると推測いたします、ルーカス様から生まれたため、ルーカス様のお側以外ではただの――そうですわね、見た目通りの幼い女の子程度の力しか持たなくなっているのです。生まれた理由は……そうですわね、あなたにルーカス様の体を生け贄にささげた、あるいはルーカス様に倒された、と言ったところでしょうか」
「なっ――」

 カッと目を見開かせて、絶句するヘリン。

「ふざけるな! そんなの認められぬわ!」
「ですが現状そうなってますわ」
「ならば、こやつを八つ裂きにして自由を取り戻すのじゃ! 殺せばよかろうなのじゃ」

 ヘリンはつかつか近づいてきて、半径一メートル以内に入って更に分身。
 今度は倍の六分身、そこから同時に攻撃を繰り出す。
 ゴ――――ッ!
 ギリギリのカウンター、六人のヘリンの手首を叩いた。
 速さによる分身だから厳密には同時じゃなくてすごく短い間に六回叩いたことになるが、あまりにも速すぎて木で肌と骨を叩く音が伸びて聞こえる不思議な音になった。

 というか速い、速すぎる! おれのそばで本来の力を発揮するヘリンは、こっちが全神経集中してギリギリ反応できるレベルだ。
 ぶっちゃけ神殿で戦ったときよりもちょっと速い。怒りが入ってるからそうなったと思うけど。

 当然のようにおれは汗だくになる、が。

「うぅ……ううぅ……」

 ヘリンは手首を押さえて涙目になった。

「とりあえず休憩ですわね。手当ても致しますわ。それと服も何とかしましょう」

 ビアンカはヘリンの肩をつかんで、おれから引き離した。
 ヘリンはじたばたしてもがいたが、おれから離れたことで精霊の力が出なくなって、見た目通りの子供になった。
 こうなればまんま大人と子供って感じになって、ヘリンはビアンカになすがままにされた。

 連れられていくヘリンを見て、転がったままのおれの死体を見て。
 なんか、また変な事になったぞ、とおれは思ったのだった。
書籍版発売中です、こちらもよろしくお願いいたします。
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