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ニューゲームにチートはいらない! 作者:三木なずな

第一章

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10.いい女とダメだった男

 ついてないな、とふと思った。
 後ろ髪を引かれる思いで振り向き、夜のカジノを見る。

 さっきの男はもう一回当てれば家が買えるって言った。
 家が買える。

 るつぼの街・アクリーで買える家は場所によって金額にばらつきがあるけど、普通にちゃんとすむための家なら大体数千万はかかる。
 つまりあの時点で、男の手元のチップは一千万超えてる可能性が高い。
 そして男はおれの予行練習を横から聞いて、その通りに賭けてそこまで行ったと言った。

 つまり、おれが最初から自分で賭けてればカジノがイカサマを使ってくるまでに一千万手にした可能性が高い。

 やっぱりついてない。
 とことんついてないなと思った。やっぱりそういう人生なんだろうな、おれは。

 不幸中の幸いは、今回は損してないこと。
 実際に賭ける前に追い出されて、事実上の出禁になった。
 だからここ何日かで稼いだ金はまだ手元にある。

 四十万ドーラに、クロケットの精粋一つ。
 合わせて三百四十万くらいはまだ手元にある。

 それが残ってるのは、不幸中の幸いだった。
 ……と言っても、それは何の慰めにもならない。
 期日までに一千万揃えられなかったら、どれだけあってもゼロと同じようなものだ。

「はあ……」

 ため息は、どうしようもなく深かった。

     ☆

 神殿にやってきた。

 アクリーの東側にある精霊を封印した神殿。
 三つある内の、ヘリンの神殿に入る。
 くすんだ色の魔法陣の前に地べたに座った。

 精霊が復活する時間は決まってる、朝の分まで大分時間がある。
 おれはその魔法陣を眺めて、ため息をついた。

 金を期日まで揃える方法を考える。
 だが全然思いつかない。

 もともと頭のいい方じゃない。頭がよかったら、不遇の無属性のくせに何十年も戦闘にしがみついてない。
 戦うことにしがみついて、今までの人生はコツコツやる事だけを考えてきた。

 だから急に大金をつくる方法なんて知識にない、思いつきもしない。
 唯一ある心当たりのギャンブルが消えた今、もはや八方ふさがり。
 残った方法は――。

「ヘリン……」

 オリジナルヘリンをわざと復活させて、倒して、かけられた懸賞金を受け取る。

「エステル嬢は……絶対にもらえるって言いきってたよな」

 話を最初に聞いたとき、そこを不安に思った。
 ヘリンを完全復活させると言うことは、アクリーを危険にさらすこと。
 そんな事をして、倒したからと言って金はもらえるのかと思ったが、エステル嬢は絶対にもらえると言いきった。

 なぜか鬼気迫る表情だったが、その分信用は出来た。
 だからあとは……倒すだけ。

 倒す? おれが? オリジナルの精霊ヘリンを?
 何十年も前にアクリーをメチャクチャにした伝説の存在を?

 ……無茶だ、できっこない。

 でもやるしかない。

 やるとしてもやれるのか?
 伝説の精霊だぞ? それをこのおれが?
 コツコツ努力するしか能がない、このおれが?

 倒せるわけがない。
 でもやらないと他に方法はない。

 ……。
 …………。

 堂々巡りだ、思考がこんがらがってわけが分からなくなった。

 そんなこんなしてる内に、朝鳥がけたたましく共鳴をはじめた。
 神殿の外を見ると、朝日が昇ってきていた。

 もう朝か。
 気づくと手が自然と木刀に伸びていた。

 朝の素振り一万本。
 苦笑いがでた。こんな時でも無意識にそうなるなんて、習慣ってのはつくつく恐ろしい。
 だが、むしろそれがいいのかもしれない。
 今は体を動かしてた方がなんぼか気が楽だ。
 木刀を握って、立ち上がって、素振りをはじめる。

「一! 二! 三! ――」

 数えながら、素振りしていく。
 静まりかえった神殿の中、おれのかけ声だけが響く。
 実を言うと数字を数えるのも得意じゃない。百まではいいけど、それから先はちょっとでも邪魔が入ると数えるのがこんがらがってしまう。

 68、69、40。ってな感じで数える数が変にすっ飛ぶのもよくあること。

 だからおれは努力して身につけた。
 全力で振り下ろしても、音がしない素振りを。
 それを身につけるまでに二十年近くかかったが、今ではこんな感じで、全力で振り下ろしても音一つしない。

 そのおかげで、ちゃんと素振りの回数を数えていられた。
 考えを一つに絞って……ビアンカの事だけを考えて。
 それで木刀を振って、数をちゃんと数えて。

「――一万」

 やがて、一万回達成。
 朝日はまだのぼりはじめばかりで、多分一時間以内で終わってる。
 すこしは、落ち着いたかもしれな――。

「お疲れ様です」
「……え? び、びび、ビアンカ!?」

 びっくりした、盛大にひっくり返った。
 いつの間にかやってきてたのか、ビアンカがそこにいた。
 嫋やかなたたずまいで、上質な絹の手ぬぐいをおれに差し出した。

「どうぞ、これで汗を拭いてくださいな」
「そ、それよりどうしてここに?」
「ルーカス様がここにいらっしゃると聞いて」
「聞いたって、誰に?」

 ビアンカは答えない、代わりに穏やかに微笑み返した。
 絹の手ぬぐいを差し出したまま微笑む。
 こたえたくないのか? それなら聞かないでいよう。

 おれは手ぬぐいを受け取って、ほとんど出てない汗を拭くだけのまねごとをして、彼女に返した。

「ありがとう」
「いいえ。差し出がましいことをしてしまったみたいで」
「そんな事ない! ありがとう! 嬉しい」

 うん、うれしい。
 間違いなくおれは今嬉しい。
 素振りの後にこんな風にねぎらってもらえるのなんて、七十年の人生の中ではじめてだ。

 普段なら素振りの後部屋の中に戻って、腐りかけてる万年床に座って味気ない保存食をかじるだけ。
 そんな日常に比べたら、今はまるで天国のようだ。

「でもよくここにこれたな。と言うより外に出させてもらえたな」
「わたくしのような女は殿方を喜ばせるためにも外遊を推奨されているのです。自然を適度に接した方が女が磨かれるという説もあるし、何より話のタネになります。そもそも、逃げれるはずがないのです」
「逃げれるはずがない?」

 ビアンカは切なそうに――はじめてみるちょっと切ない顔で微笑んだ。

「わたしは売られて来た女なのですから。親に」
「売られた?」
「はい」
「口減らしか?」

 よくある奴隷として売られる子供の話を思い出す。

「似ていますけど、少し違います。わたしは十人家族に産まれました。一番上の兄は頭がよく、才能のある男でした」
「……」

 眉がひくつくのが分かった。
 才能……。

「親はその兄に期待を寄せて、いい教育を受けさせてやりたい、しかし貧しい家なので金がない。そこで親は他の九人の子供を売って金にしました。その後は風の噂できくだけですが、兄はしっかりいい教育をうけて、親の期待に応えたようです」

 そこまでいって、ビアンカはにこりと微笑んだ。
 おれは絶句した。
 そんなことが……そんな事があるのか。
 ビアンカ()……才能の犠牲になっていたのか。

「だから行く場所がない、のか」
「はい。ですので」

 にっこりと、微笑むビアンカ。

「これからはルーカス様に、どこまでもついて()きます」
「どこまでも?」
「こんなわたしでもいいと言ってくださったのはルーカス様だけ。あんな表情になるほど真剣に考えて下さったのもルーカス様だけ」
「あんな表情?」

 ビアンカは微笑んだ。
 さっきまでの微笑みとちょっと違う。
 怖くない、見とれるくらい美しい笑顔。

「木刀を振ってる時のルーカス様のお顔、怖いくらい真剣でした。よほどの決意が必要なことを考えている、という顔に見えました。このタイミングでのその表情が何を意味しているのか、分からないほど愚かな女ではありません」
「……」

 見とれかけた直後、今度は盛大に驚いた。
 ほとんど当たりだ。
 そんなのが、表情だけで分かるのか。

「比べられるのはおいやかも知れませんが……ルーカス様はわたしが見てきたどの男よりも素敵な方。そう、思います」
「どの男よりも……?」
「ですのでお伴します、どこまでも。行き先が地獄であっても」

 おれを見つめながら言い切ったビアンカ、決意は固い。
 迷いっぱなしのおれと違って、彼女には迷いがない。

「……」

 なら、おれも迷ってる訳にはいかない。
 目を閉じて、息を深く吸い込む。
 腹をくくった。
 目をあけて、まっすぐビアンカを見つめる。

「地獄にはつれて行かない」
「えっ?」
「生きたまま幸せにする」
「……はい」

 こくりとうなずくビアンカ、頬を朱に染めた。
 これまで大人びてる、穏やかな美人のビアンカがはじめて見せるかわいい表情。

 手に力が入る、握った木刀がかすかにみしっ、と音を立てた。
 オリジナルの精霊ヘリン。
 悪いが――倒させてもらう。
書籍版発売中です、こちらもよろしくお願いいたします。
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