ゾンビ57
お久しぶりです
マリスは目を覚ます。
マントを敷いていたとはいえ地面に身体を預けて寝ていたのだ。身体のあちこちが痛い。今まで野宿だってしてきたこともあるかもしれないが、それでも痛いものは痛い。
なんにせよ、目覚めは最悪と言っていいかもしれない。
『目を覚ましたようね』
その声はアサガオのものだ。今更と言っていいかもしれないが脳の直接届くような声に慣れることはない。
「おはようございます、アサガオさん」
マリスは目元をこすりながら身体を起こしていく。同時に身を守る武具である杖を胸にかき抱き、周囲に視線を飛ばす。その先にあるのは平和な木々の群れと静寂だった。
『とりあえず何もなかったわ』
頭に響くのはアサガオの冷静な声。何事もなくてよかったと思う反面、もう一人のゾンビ、アールの姿が無いことに若干の不安を覚える。
『アールはさっきまで絶賛戦闘中だったようね。今は静かだけど、さっきまでは騒がしいくらいだったわ』
そんな荒事が合ったのに自分は熟睡していたのかと軽く自己嫌悪していれば、傍らに座った顔色の悪い少女は嘆息する。
『戦闘になったのは構わないけど、いざとなったら呼んでほしかったのだけれどね』
その場合放置された私が死ぬのですが? そう思ったが口には出さない。
そして、同時に巻き込まれたら、人間でしかないマリスは容易く死ぬことになるだろうと思う。
でも、と同時に思う。
マリスは人間であり、アサガオたちはゾンビだ。
お互いに分かり合えない存在と種族で、共存なんて夢のまた夢だ。
けれど、マリスは彼女達に助けられた。
種族の違いはともかくとして、助けられたのだ。
このまま進んでお別れだってありえるだろう。
しかし、マリスはそれだけじゃいけないと思ったのだ。
なぜなら、この出会いは奇跡になるかもしれない。
ゾンビという死体との架け橋になるかもしれない可能性を含めているのだった。
もっとも、全てのゾンビがアサガオたちのようなゾンビではないし、排斥される可能性のほうが高いだろう。けれど、マリスはこの出会いを簡単に手放したくはなかった。人と魔族は分かり合えることができず戦争が起こり、その結果世界はこうなってしまった。しかし、それでも世界は続くし、人は生き続けて行くのだ。ならば、それが夢想と言われ続けても様々な可能性を探してしかるべきなのだ。
『そもそも、この人達がゾンビかすら怪しいですし』
心の中で呟きながら改めて考える。
そう、何度も考えたことではあるのだが、彼女等はマリスの知るゾンビの常識とはかけ離れていた。むしろ、別物と言ってもいいだろう。というか、彼彼女がゾンビの基準点であったら人類はとっくの昔に絶命していただろう。となれば、ゾンビに似た何か………という話になるのだが、その何かを証明する方法も知識もない。
このまま二人を連れてどこかの町や集落に辿り着いた時、そこの住人にアサガオとアールの特殊性を説明しきれる自身がマリスにはない。というか、誰も信じてくれない可能性のほうが高いだろう。そして、そのまま発生するのはゾンビ(?)バーサス人間=人間全滅エンド。
「それだけは阻止しないとダメですねぇ」
『どうかしたのかしら?』
「身の振り方というか将来設計を考えてました」
『考えるのはいいことね』
というかこうなってしまった世界での思考放棄は死に直結する。ただ生きることですら困難になった世界で身の振り方は何よりも重要だ。しかし、その身の振り方すらも手探りな状況であり前例すらもないが。
とはいえ、人は群れなければ生きてはいけない生物だ。生存だけなら可能かもしれないとはいえ、一人で生き続ける人間はやがて精神が磨耗して野生生物と変らなくなる。それが生きると言うことならマリスはごめんこうむりたい。
実際、こうやってアサガオと会話したり安全を確保できているからこそ精神上の安定を保てているが、これがもし、本当の一人旅が継続していたのであれば、ここまで穏やかな気持ちではいられなかっただろう。むしろ、精神のバランスを保てていた自信が無い。
そんな風に考えていたとこのことだった。
顔を上げたアサガオが森の向こうに視線を向けて、
『アールが帰ってきたようね。でも、この反応は………』