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異世界オブ・ジ・エンド  作者: 神谷 秀一
52/75

ゾンビ52

 ということは俺はこの鼻持ちならない熊との異種族交流戦をすることにした。




 目の前に迫る大質量の肉と爪、それをバックステップでかわしながら地面に食い込んだつま先が選ぶのは前進。振り抜かれた風圧を顔で受けながら視線の先にある黒い毛むくじゃらを見据える。

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 続く咆哮は身体の端を震わせるがその程度でしかない。臆病な生物なら足を止めていたかもしれないが、精神が磨耗した俺には通用しない。

 つまり、右腕を打ち下ろした熊の右半身側に回り込む。巨大な背中に急所の見えない毛皮。人間ごときの打撃ではダメージなんて与えられないだろう。先程の一撃を回避して生き延びたことが奇跡、そう思わせる異様。

 だけど、左の爪先を軸足に時計回りに旋回し、身体の軸と視線が一直線になった瞬間、右の踵を踏み込んだ。同時に弾け飛ぶ地面。その反動に続くのは足から腰に及ぶ回転エネルギー。腰から続く背筋への加速、そして、肩から続く拳に全ての力が集積されて射出された。


 壊音。


 それは目の前。同時に眼下からの音だ。

 当たり前のことだ。人間の強度で人間以上の破壊力を生めば当たり前のように身体は壊れる。そして、それが振るう相手が同じ人間やゾンビであれば拳を振りぬくのは不可能じゃない。

 でも、この場合、数百キロの巨体に対して、人間の身体が壊れる威力の拳を叩き込んだ場合、それはどうなるか? 動かない目標に対して叩きつけられた肉袋は圧力に負けて内側から破裂して、芯として通っていた骨は衝撃に耐え切れず俺砕けて肉を貫いた。

 結論から言えば俺の右腕は肘の辺りまで押しつぶされて肉塊と化していた。

 まあそうだよな。人間程度の強度で人間以上の威力で壊れるなんて事はここに来る前から知ってたし。でも、それイコール無力ってことじゃないし、大型の獣に俺の力が通用しないってことじゃない。

 なぜなら、


『!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』


 獣が声にならない悲鳴を上げてのた打ち回っていたからだ。

 口元から白い泡を飛ばしてあたり構わず手足を打ち付けている。それはまるで駄々っ子を起こしている赤ん坊のようだけど、この場合周りに対する危険性が段違いだ。

 とはいえ、


 俺の力でも野生の動物くらいは何とかできるらしいな。


 どこまでゾンビの力が通用するのか? それに対しての実験だった。もちろん、捕食されたり本当の意味で死亡する可能性はあったけど、それでも試してよかったと言える。

 本来人間と言う生物は弱い。下手すると小型犬にすら殺される可能性がある。ライオンや熊なら尚更だ。だけど、俺達は人の形をしてここにいる。もちろんゾンビになって人間の頃よりは能力的に優れるようになったかもしれない。でも、その限界値が人間の限界値では今後生き延びることは難しいかもしれない。

 なぜなら、人類が俺達の敵に回るかもしれないからだ。

 俺達は少なくとも生きている人間と違う。それだけで排斥されるかもしれないのだ。というか間違いなく排除される。ということは逃げ延びねばならない。

 どこに逃げる? 町、村ですか? 無理に決まってる。なら山だろうか、森だろうか? 森には何がいるのだろう? 狼程度なら何とかなりそうだ。でも、巨大な生物や魔物とやらがいた場合は? この世界に魔物が居るかは知らないけど獣はいるだろう。

 それと相対した場合? 答えはなかったのに、その答えが自ら目の前に来てくれた。


 人間の腕がブッ潰れるほどの威力と衝撃が叩き込まれたんだもんな。いくら分厚い脂肪と筋肉に囲まれてようと、内臓くらい破裂するだろうな。

 そう、数百キロって言う巨体は耐久力がある反面、全ての威力を受け止めてしまうのだ。俺の体重が五十キロとしても、それがとんでもない勢いで一点に突き刺されば、なおかつ威力を逃すことができなければそれは致命に至ってもおかしくはない。

 そして、その結果が目の前でのた打ち回る巨体だ。


 俺を狙う理由を検証できなかったけど、


 俺は脚を進める。このまま放っておいてもよかったけど、回復されて人間を襲われても困る。だから、止めを差すべく見据えれば、熊は牙をむきながら起き上がる。

 あれ? 野生の獣って命の危機が迫れば逃げるんじゃなかったっけ?

 まあいいか。どのみち殺して肉にするつもりだったしな。

 右腕に視線を戻せば白い蒸気を上げながら再生している右腕。表皮の這いずるような再生に気味悪さを覚えるけど振るうには十分だ。

 死にかけの野生動物と元人間の死闘が幕を開ける。


 眼前に迫る巨体の腕。空気を裂き振るわれる巨腕はかすっただけでも俺の肉体を引き千切って吹き飛ばすだろう。本来なら後ろに下がって回避するべきだ。だけど、続くのは巨体による前進、それを俺を受け止めることはできない。

 だからこそ、眼前に迫る凶器を視界に収めながら、俺が前進することを選ぶ。

 刹那、頭上を降る抜ける感触と風圧。野生の熊の右腕の一撃をくぐりこむようにして後ろに抜ける。そして見えるのは相手の無謀な背中。同時に渾身の右腕を振るう。

 衝撃。

 踏み込みの足りない腕と肩だけの打撃。だけど、それだけでも、相手には少なからずの衝撃とダメージを与えたはす。

 そう思った直後、自分の認識があまかったことを自覚する。

 視界が黒く染まった。その瞬間、俺の身体は目のくらむ衝撃と勢いを持って吹き飛ばされていた。

「っ!」

 直後、背骨に耐久力異常の衝撃。どうやら飛ばされたまま木々に激突したらしい。

 指で地面を握り締めながら己のうかつに舌を打つ。

 くそ、自分がゾンビになったからといって、人間以上の力を手に入れたからといって、それ以上の存在がいることを忘れていた。そして、人間は獣に劣るから群れていると言うのに。そんな基本的なことを忘れていた。


『クソが』


 俺は全身から蒸気を立ち上らせながら立ち上がる。


『ゾンビを蹂躙できたからって、人間以上の力を手に入れたからって、野生動物に勝てるとは限らないよな』


 人間だったらとっくの昔に胃の中にいたかもしれない。だからといって、簡単に俺最強になれるわけでもないのだ。人間より優れた身体能力を持っていたとしても、こうやって苦戦しているし勝ち目なんてないかもしれない。

 けど、それでも、こんなところで苦戦しているようだったら、今後の生活なんて駆逐されるだけで終わるだろう。

 一度死んでいるからといって二度目の死を簡単になんて受け入れるつもりはない。


『なら』


 殺すしかないよな。

 殺意という名の銃弾が俺の心に装填されていく。

 シリンダーを回して撃鉄を起こす。

 後は撃ち放つだけだ。


 獣は思う。

 なんだこの存在は? と。

 獣はこの森に置いて王者であった。

 好きなように蹂躙して好きなように喰らう。それが獣の法だった。

 少し前までは人間と言う生物が街道を闊歩し、時折森に入ってくるような愚かな生物を捕食し喰らうか、森に生活する他の動物を喰らうことによって生をつないできた。

 しかし、ある日を境にそれは一転した。人間と言う種が別の種族に反転したのだ。動きはのろく、それでいて他の野生動物に喰らいつくようになったのだ。それまでは、己のような王者の姿はもちろん、他の野生動物を見ただけで背を向けていたような貧弱な人間がだ。

 無論、獣は向かってくる人間を蹂躙した。時折背を向けて逃げだす人間を食い殺した。

 やがて、背を向けて逃げるような人間は少なくなっていった。

 だが、それでも獣の腹は減る。己に向かってくるのろい人間もどきを捕食した。

 それは酷く不味かった。

 しかし、それでも、己の腹が減るのだから食うしかなかった。

 他の種・・・野生動物が減ったのなら尚更だ。

 そんな時だった。

 非常に懐かしい香りを鼻が捉えた。

 生きている人間………とは少し違っていたが、食欲を刺激する匂いだった。あんな腐りきった肉の腐臭ではなく、舌で味わいたいと思うような肉と血の香りだ。

 だからこそ、獣は大地を踏みしめる四肢を蹴り飛ばして走った。それは久々のご馳走に対しての本能による欲求だった。

 巨体が大地を踏みしめ、その先端である爪が大地を抉り、噛み締める牙がガチガチと音を鳴らしよだれが舌を濡らしていく。

 そして、木々を駆け抜けて、薄汚れた衣装をまとった黒髪の人間を視認した瞬間、獣は歓喜の咆哮を上げていた。


 とんでもない化け物だ。

 獣は後悔していた。

 己の咆哮を聞けば、対峙すれば相手は情けない声を上げて逃げ出すに違いない。そう思っていた。

 にも拘らず、獣は痛みにのた打ち回っていた。それも普通の痛みではない。己の身体の中身が爆発してしまったような間断のない痛み。喉の奥から臭うのは自身の血の臭いだ。

 本来なら獣の爪牙は細い人間の身体を切り裂き噛み砕いているはずだった。

 なのに、その小さな存在はむしろ獣に飛び込んできた。そして、他愛も無いはずの細い腕が己の身体に突き刺さった瞬間、獣は始めて恐怖と激痛というものを知った。そして、立っている事ができず崩れ落ち、痛みの成すがままにのた打ち回った。

 本来なら立ち上がって反撃なり逃亡するなりの手段をとらなければならないのに、そんなことを考えることが出来ないほどの痛みと苦しみだった。

 だが、と思う。

 追撃が来ないのだ。普通ならばこうやって無様を晒している間に止めを差すなり逃亡するなり複数の手段があるはずなのだ。なのにそれが無い。不思議に思って視線を飛ばしてみれば、その小さく細い存在は、醜く潰れた右腕から蒸気のようなものを噴出して動きを止めていた。

 獣は考える。己のような巨体にダメージを与えたと言うことは向こうにとってもダメージになるのではないかと。ならば、今こそがチャンスではないかと。

 そんな複雑な思考を獣はしない。しかし、獣は学んでいた。成長していた。この狂い始めた世界の中で順応し始めていた。

 ならば、

 と思う。だからこそ、雄叫びを上げての突進。距離をつめて右の爪を振るう。当然、それはフェイントだ。それをスウェーでかわされた瞬間を狙い、飛び出した勢いのまま、伸びきった首筋に喰らいつく。


 ガチンと音が鳴る。


 つまり、回避された。

 同時に背中に突き刺さる衝撃。しかし、それは先ほどの一撃に比べれば酷く軽いものだった。そして、分厚い脂肪と筋肉によって分散され、ダメージは無いに等しい。

 ならば! と振り返りざまに全力のぶちかましによって、鼻先と肩に感じる衝撃。それだけで、細く小さな影は凄まじい勢いで吹っ飛び、その身体を巨大な樹木に叩きつけたことで動きを止めた。

 しかし、獣は油断しない。

 普通の人間ならここで死んでいる。だが、あの人間は普通のそれではないようだった。ならば、油断すれば死ぬのは獣の方なのだ。だからこそ、様子を伺っていれば、それは動いた。腕だけではなく全身から白い蒸気を立ち上らせながら。


『なら』


 声が聞こえた。それは獣にとって言葉として聞こえた。言語と言う概念が無い獣に純粋な意思として伝わっていた。

 そんな異常事態も獣には関係なかった。一個の生物として生命の危険に晒されていることだけで驚いていた。本来なら背を向けて逃げるべき人間が当たり前の選択を選ばないのだ。同時に獣は己の中にある本能と予想外の事態を天秤にかける。そして、


『殺すしかないよな』


『!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』


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