ゾンビ19
ライフラインの一つが壊された。
正確に言うなら水道だ。
それまでは清浄な水を流していた蛇口が赤黒い何かを伴った水を流すようになった。
「アール、どういうこと?」
返事なんて返せないけど水槽に余計な何かが飛び込んだ結果だ。そして、水は汚染された。水道の水槽がどこにあるかなんてわからないけどこれは致命的だ。少なくとも今日明日で改善できる状況じゃない。でも、できることはやらないと、俺はともかくアサガオの進退が迫ってしまう。
『みてくる』
手の平に文字を書いて俺は立ち上がる。
「でも、原因がわからないと・・・」
原因なんてわからなくとも水がなければ人間は生きられない。そして、俺は水がなくても生きられるゾンビだ。だからこそ、状況を確認しなけりゃならない。
まあ、しなくてもいいんだけど、俺は行く。
結果、わかったのは貯水槽に死体をぶち込んだ何かがいるってことだ。
貯水槽っていうのはそもそも毒物を流されないように多少の柵を用意しておくものだ。当然、ここにもあったんだろうな。だけど、人間もしくはそれを上回るような力を持っていればそれを遮る柵を飛び越えたり、錠前を破壊できるんだろうよ。
わかりやすくいうと、水道局は地獄だ。
市民、もしくは国民に流す貯水槽の中を亡者が・・・ゾンビが遊泳していた。そりゃ、水道が汚れるよ。
柵も壊されたかもしれないし投げ込まれたかもしれない。なんにせよ終わっている。
こんなゾンビエキスの満ち溢れた施設は要らないな。破壊するか水の供給を止めたほうが良いな。
でも、そうなるとアサガオが死んでしまうな。なら、引き払う準備をするしかないな。もっとも、ここで死にたいなら止める気はないけど。
ここから先は生活水には期待できない。
なら、どうするか?
そこは自分で考えれと言いたいが今のアサガオには酷だろう。
なら、王国を出立するしかないんだけど耐えられるかな?
しかも、俺自身旅なんてしたことないし、その先の未来なんて保障できない。だからこそ、状況を整えて旅立とう。そう思った。
しかし、実際どうしたものか?
図書館を脱出するといったもののライフラインを確保できなければ、俺はともかくアサガオの命が危うい。そして、王国を出立にしろ準備が整わなければ出発すらも自殺行為だ。のたれ死ぬこと確定で旅立つ馬鹿はいないだろうし。
なんにせよ、まずは水と食料だ。
「え? 水? そんなの魔法で作れるわよ」
マジか?! そんなファンタジー要素初めて知ったぞ?!
「あ、そっか、あんたには言ってなかったもんね」
まあ、聞いてもいないからね。
「あたしは、この世界に召喚されて少しはこの世界のことレクチャーされてるのよ。といってもうろ覚えだし、魔法だってほとんど使えないけど」
そうか。よくよく考えれば俺達は勇者召喚されたのだ。眠った力や目覚める力があってもおかしくはない。なんせ、異世界召喚物はチート能力上等だからだ。
「あ、期待させて悪いかもしれないけど、あたしに過剰な才能なんてないからね?」
どういうこと?
俺の疑問を先回りにしたアサガオは肩をすくめる。
「この世界の人達は追い詰められていたらしくって、本当は儀式で選定しなくちゃいけないのに、無差別で召喚していたらしいわよ? 十代半ばから二十代後半までっていう制限はしたみたいだけど、なんにせよ召喚された方にしたら迷惑な話よね」
召喚した奴等死ねば良いのに。
あ、そういえば死んでたか。ならいいや。
って、じゃなくて、魔法使えるのかよ?! なんてうらやましい。
「あたしの場合は少しだけ教育期間あったからね。これでも勇者様扱いだったし」
そりゃうらやましい。俺なんて召喚直後にデッドエンド確定だったからな。今更ながら教育して欲しい始末ですよ。
でも、今更とは言ったけどゾンビでも魔法は使えるのだろうか? ほら、ゲームだとゾンビだって特殊攻撃使ってくるし、リッチとかいうアンデット魔法使いは高レベルモンスターなのですよ。
そう考えればゾンビでも魔法が使えてもおかしくはない。
「アール、どうかしたの?」
しまった。考え事をしすぎてた。
『おれもまほうつかえるか』
『かんがえてた』
長文は伝えづらいな。でも伝わったようだ。そして、伝わった言葉にアサガオは苦笑している。
「君って真面目なのね」
真面目なのか? 少なくとも自分ではそう思えないが。
「あたしなんかは生きられれば良いって思っているから、新しい何かなんて考えられないけど、そうやって次のステップを見つけようとする姿勢はすごいと思うわ」
そういうものか?
なんにせよ選択肢が多い方がいいのは間違いない。
とはいえ、水の問題が解決したのはありがたい。アサガオの魔法頼みとはいえ俺は水を欲していないのだから多少は問題解決だが、そもそも、いつまでもここにいることができないので総合的な解決を目指したい。
俺はゆっくりとアサガオによって、手をとっていいか伺う。そして、また、彼女は苦笑。
「いちいち断らなくていいのに」
いや、ゾンビがいきなり手を掴んだら怖くないか?
そんな疑問を呼んだのか、アサガオは先回りするように口を開く。
「あのね、本当に今更なのよ。だってあなた、あたしのことお姫様抱っこまでしてるのよ? しかも、こうやって毎日一緒にいるのに怖くなんて思わないわよ」
いや、俺一応男なんだけど。といっても三大欲求希薄気味だからこその安心判定かもしれない。