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御用猫  作者: 露瀬
92/150

波剣 人魚針 16

「おいしいとこ、きた」


 寝転んだままの黒雀が、涎を垂らしながら呟く、何か食べている夢でも見ているのだろうか。


 そうか、と御用猫は答え、半ば放心状態とも見える二人に問いかける。


「それで、どうするんだ、これから」


 びくり、と身体を震わせた後、ティーナが睨みつけてきた。


「そもそもの元凶は、テイルド メイロードよ、あの男、お父様だけには、死んで貰うわ、潔く腹を切るなら、お兄様は返してあげる」


「随分と行き当たりばったりだな、俺も他人の事は言えないけど」


 両手を縛られているので、御用猫は肩を竦めてみせた。


「偶々、ハーパスが出てきたから良かったものの、そうでなかったら、どんな予定だったんだ? まさか無計画じゃあるまいよ」


 どこか、つまらなさそうに御用猫が尋ねると、ティーナは苦虫を噛み潰したような顔で、しかし律儀に答える。


 こういった所に、本来の生真面目さが伺えるのだが。そういった事を知れば知るほどに、御用猫の気分は沈んでゆく。


「……オランの海を荒らし続ければ、領主の評判は落ちるわ、元々、有能とは言えない男だしね、テイルドを排斥し、領主交代を求める論調が、必ず高まる」


 ティーナは、ちらりとハーパスを見やり。


「有能で、野心家で、お調子者のお兄様なら、必ず、そうするわ」


「ぐぅっ」


 ハーパスは反論しない、今回の出征も、そういった下心が、無いと言えば嘘になるだろう。


「領主でなくなれば、警護も薄くなる、そこで、殺す」


「……で、その結果、何人死ぬんだ? 人も、エルフも」


「オラン人は、長年海エルフを虐げてきた! 我々を利用し、搾取し、性の捌け口にさえ! 」


 御用猫の言葉に、ティーナは過剰な反応を見せる、きっと、分かっているからなのだ。


「これは世直しよ、オラン人が何人死のうと、それは当然の報い、そして、そのためならば、誇り高き海エルフは、死など恐れない」


「半エルフのお前が言うのか、滑稽だな」


 がっ、と、御用猫の顔面に、ティーナの蹴りが入る。


 一度仰け反り、下を向く彼の鼻から、熱いものが流れ落ちた。


「よせ」


 光沢の無い目で跳ね起きた黒雀を、御用猫は肩で突いて抑え、言葉を続ける。


「最初から、全部、何もかも間違ってる、お前がやってるのは、ただの海賊だ、畜生ばたらきだ、世直しどころか、敵討ちにすらなってねーよ」


 ティーナは御用猫の襟首を掴むと、膝をついて額を打ちつけた。


「なら、どうしろって言うのよ! 泣寝入りしろって言うの! どうすれば良かったのよ! あんたに分かるの? 言ってみろよ! ……教えてよ! 」


「知るかよそんな事、ただな、お前が間違ってる事だけは、分かるんだよ」


「なんで! 」


「泣いてるじゃねーか」


 ティーナは、はっ、と、自らの頬を触り。


「……うっ、ぐぅ、ひっ」


 声を詰まらせるのだ。


「……ティーナよ、いや、我が妹よ、もう止すのだ、悪いようにはせぬ、私に任せてはくれないか、父には責任を取らせる、私もラーナの事は忘れよう、此度の事、海エルフに責は問わぬ、不当な扱いをする者は厳しく取り締まり、待遇の改善も約束する、オランの海狐は討伐されたのだ、これで、収めてはくれまいか、どうか、どうかこの通りだ」


 ごつり、と、後ろ手のままに、ハーパスは額を地に付ける。


「……お兄様」


 膝立ちのまま、おそるおそると、兄に近づき、彼女は手を伸ばすのだが。


「……今更、どうにも都合の良い話だな」


 扉を開けて、男が一人、入室してくる。


「族長、様」


 紫にも見える長い黒髪に、憂いを帯びた面長の青年、トライデント現族長、ケネマース。


「我が妻、ディソンの眠る海に、テイルドの心臓を捧げるまで、この戦は終わらぬ、祖霊の託宣があったのだ、妻は未だ、苦しみの底にいると」


「託宣だと? それこそ今更だな、嫁さんの遺言、聞いてなかったのか? そんなに恨んでたなら、何か言い残してただろうに」


 御用猫は思わず口を挟む、恐ろしく不自然な話ではないか。


「知った風な事を……疑いを逸らす為の依頼であったが、もう意味も無い、ここで貴様を殺す事に、なんの問題もないのだぞ? 」


「脅しが軽いな、荒事に慣れて無いだろ? そんなんで大人しくなると思ってんのか、野良猫なめんなよ」


 ケネマースの顔に怒りが浮かぶ、手にした短槍を御用猫に向ける。


「ならば、ここで死ね、野良猫の血で海を汚す事もない」


 そろそろ頃合いだろうか、僅かに感じ取れるが、遠くの方が騒がしい。


 御用猫は、おもむろに立ち上がった、手袋に仕込んだ糸鋸で、拘束は既に解いていたのだ。


 ぱんぱん、と手を叩き、鼻血を拭ってから、驚きに目を剥くケネマースに向き直ると。


「来いよ、稽古をつけてやる、嫁さんの本音は、あの世で聞きな」


 潮騒も、唄もない、静かに、だが確かに。


 この乱痴気騒ぎにも、終わりが近づいていたのだ。



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