波剣 人魚針 15
オロロン ホロロンの首から、大量の鮮血が吹き上がるのと同時。
「ヌーノ レドンダ号」の後方に、いくつもの水柱が立ち上がった。
海エルフだ、その数は百に近い。
水中弓を空に引き、オランの戦士達に無数の矢雨が降り注ぐ。
「海エルフだと!? 何故、これ程の数が! 」
「……分からない? 本当に? 」
狼狽えるハーパスに声をかけたのは、ティーナだった。三つ編みを解き、肩まである橙色の金髪を手櫛で梳いてみせる。
「女、貴様何者だ! 」
叫ぶハーパスを囲むように、木盾を持った騎士風の男達が集まり壁を作る。
ティーナの周りには、呪いで跳躍した海エルフ達が、次々と降り立つ。
船下では悲鳴が重なる、オラン兵のものと、海賊達まで。
海エルフ達は、敵味方見境い無しに矢を射かけているのだ、いや、最初から、総てが敵なのだ。
「これ以上、部下が無駄死にするのは、お辛いでしょう? 投降してください……お兄様」
「なに、何だと? 」
あまりの事態に、理解が追い付かず、目を剥くしかないハーパスだったが、直ぐに投降だけは命じた。
彼は全く、有能な男であるのだ。
オラン兵の生き残りは、海蝕洞を抜けた先、今は海賊の棲家となったエルフの集落跡に集められた。操船員が二十名、戦闘員も二十名ほど。
御用猫とハーパス、黒雀にチャムパグンは、監視付きの別室に集められ、茅葺き屋根の、円筒形住宅に放り込まれた。全員が武器を取り上げられた上で、手首を拘束されている。
戦いのあと、軽傷者は簡単な手当が行われたが、傷の深い者と海賊は、エルフ達の手で、とどめを刺されていた。
重傷者はともかく、金で雇った海賊とはいえ、一度は仲間だった者達に、随分と惨い事をするものだと、御用猫は憤慨する。
賞金稼ぎの言う事では無かろうが、野良猫とて、無駄な殺しはしないものだ。
「オランの海狐」は残虐な海賊だと聞いていたが、こうなると、今までの悪事は、裏で仕切っていた海エルフ達の仕業だったのだろうか、とさえ思われる。
(無欲なエルフが金欲しさ、という訳では無いだろう、となると怨恨か? 誰に対して? )
地べたに座る御用猫の左右には、膝を枕に横たわる小エルフが二人、やれ腹が減っただの、手が痛いだのと喧しい。
黒雀は最初。
「わたしが、やる? 」
的な顔を見せていたが、とりあえず、断わっておいた、これ以上殺される心配は無いだろうから。
危険が迫れば、御用猫にも幾つか手はある。
ここは、しばらく様子を見て考えるか、と、御用猫は腰を据える事にした。
「ご機嫌はいかが? 猫の先生」
ティーナだ、赤味のある金髪を、どこか扇情的な仕草で搔き上げ、御用猫の前にしゃがみ込む。
「お願い聞いてくれれば、良かったのにね」
「一度受けた仕事は、最後までやり切る主義なんだよ」
首を鳴らして断りを入れる御用猫に、ティーナは酷薄な笑みを浮かべ。
「それは、私を斬るって事? 先生、状況が分かってる? 」
「斬る必要は、無いけどな、引っ捕えて番所に突き出しても、海賊退治にゃ違いない」
彼女は、ふん、と鼻を鳴らし、押し黙ったままのハーパスに向け、淡々と言い放つ。
「とりあえずハーパスお兄様を人質に、オランと交渉するわ、あのろくでなしの父の首と交換ね、お調子者の兄のおかげで、思わぬ手札が舞い込んできたわ、ありがとう」
感情の抜けたような顔を、ゆるゆると上げ、彼は尋ねた。
「分からん、何も分からん、何故だ、お前が妹だと? ならば何故父を、オランを憎むのだ? 」
「貴方もよ」
ぱしん、とハーパスに平手打ちをし、ティーナは続ける。
「テイルド メイロードは、婚約者の居た私の母を犯した、海エルフにとって貞操がどれほどの意味を持つか、知っていたにも関わらずね、母は部族の為に妹を産み、そして自ら命を絶った」
ぎりり、と奥歯を噛み締める。
今まで溜まっていた感情の総てを吐き出したい、しかし、それをしてしまうと、憤死してしまうのではないか、と。
彼女は、衝動を抑え込むのだ、抑え込む努力はしたのだ。
「そして貴様! ハーパス メイロード! 貴様は何をした! 妹を騙し! 弄び! 同じにするのか! 母と! 母と! 」
わなわなと震えるティーナを見て、総てを悟ったハーパスは、膝立ちになって声を上げる。
「待て、誤解だ! 父の事は知らなかった! お前の、母の事も……それは謝罪しよう、出来うる限りの償いも、すると約束する、しかし、しかし私はラーナを愛している! 正室は無理でも、側室として迎え入れると約束したのだ! 」
だが、その言葉はティーナの怒りを助長させただけであった。
大きく振りかぶった平手打ちが、何度も、何度もハーパスの頬を打つ。
「何を言う! どの口で! ラーナは次期族長だぞ! そんな事が叶うはずも無い! 何故分からない! 何故分かってやれなかった! 何故夢を見せた! 」
何度も何度も、ハーパスが、がっくりと下を向くと、今度は、その頭を叩いた。
「あの娘は! 分かっている! 分かっていて! 夢を見たのだ! この先!どんな目に遭うのか知っていて! 母と同じになると、知っていて! 後悔しながら!それでも! 」
それでも、と、言いながら、ティーナは肩を落す、肩で息をしながら、膝に手を付き、涙を零した。
「お前との愛に殉じるのだと、馬鹿を言うのだ……」
全く動かなくなった二人を前に、御用猫はどうする事も出来無い。
馬鹿な話だ、全くもって馬鹿な話である。
登場人物総てが愚かで、度し難い。
(これは、今更、どうにもならぬ)
けり、を付けるには、血を流すしか無い。
つまりは、いつもの遣り方だ。
野良猫の遣り方だった。




