波剣 人魚針 14
結論から言えば、御用猫達は待ち伏せを受けた。
「ヌーノ レドンダ号」は、海蝕洞に停泊する、海賊のカッター船に、尻を突き上げる形で追突する。
梯子を下ろし、または飛び込み、雄叫びをあげながら突入するオランの私兵達は、しかし、天井付近から射掛けられる弓矢によって、次々と倒れて行く。
「伏撃だ! 天井を狙え、術者共は矢を防げ! 」
ハーパスは腰から抜いた三日月刀を振り回しながら、怒声をあげる。
(海上で伏せて無かったから、安心してたんだがな)
待ち伏せならば、得意の海戦だろうとの、御用猫の予想は裏切られた。
だが、この程度ならば、狼狽えなければ問題なく対処出来る、敵の頭数は少ない、前回の戦いで殺した者もいるが、所在地の明かされた事により、ここが潮時だとばかりに、逃げ散った者も多いのではないだろうか。
御用猫は、黒雀に向けて、天井を指差すと、井上真改二を抜き放ち、波打ち際に飛び降りる。
すでに掛けられていた、水歩の呪いで、泥田の如き海面を走り抜ける、足元に矢が放たれたが、御用猫の戦闘服は、粗末な弓矢では貫けない。
気にする程の事では無いのだ。
「寄らばァ、斬るぞ! 」
カットラスを構えた狐面を斬り倒し、大声で叫ぶと、次の獲物に飛び掛る。
我ながら大した矛盾だな、などと思いながら、御用猫は、海賊の膝を断ち割り、蹴り倒す。
天井からは、弓矢の代わりに、悲鳴が降り注いだ、おそらく、黒雀だろう。
あの恐るべき、小さく黒い暗殺者にとっては、切り立つ崖も、海藻で滑る岩肌も関係なかろう、なのだ。
よじ登り、這いより、刺し殺す。
単純作業を繰り返し、確実に射手を減らしてゆく。
天井から、視線を下ろした御用猫は、突如肘を曲げ、顔の横に持ち上げて飛び退がる。
ととっ、と、服の上から腕に違和感を覚えた。
雨に打たれた様な感触、これは。
「おっおー、動きが違うな、不意打ちの「真珠針」を防ぐなんてな、流石は、天下御免の御用猫様だ」
「うなぎ人間に褒められるとは思わなかったな、悪い、てっきり知性は無いものかと」
すまん、とばかりに、左手を目の前で立てて見せる。
「水蛇」のオロロン ホロロンは、にやりと笑う、余裕があるのだ。
既に勝負は見えていた、海賊達は戦えぬ者から降伏し、膝をついて頭を抱えている。
「悪い事は言わねえ、バンザイしな」
しかし、降伏勧告は、オロロンの口から先に出た。
(この状況で、まだ伏兵がある? 虚勢じゃない……まさか)
「……海エルフか、これは、分が悪いな」
御用猫は、だらり、と腕を下げる。
「そーゆーことぅ、なにぃ!? 」
答えるオロロンに、一挙動で斬りかかる、脱力状態に見せた剣下げからの、反動で掬い上げる一撃。
カディバ一刀流「跳ね魚」
くるくる、と、血の帯を引きながら、オロロンの左手首が宙に舞う。
はっし、と空中で受け止める、オロロンの、てらてらと油で光る指の間から、透明な、棒状の物が伸びていた。
「成る程、硝子の針か……まぁ、これだけとも思えんが」
こんな子供騙しに、黒雀が遅れを取るとは思えない。
「糞がっ!糞が糞が、糞がぁっ!」
既に戦える状態では無かろうが、果敢にもオロロンは腕を振り上げた、いつぞやの構えだ。
しかし、流石は一千万の大物首、今まで、数え切れぬ程に、賞金稼ぎを返り討ちにしたという、自尊心もあるのだろうが。
いのちの引き際を知らぬ、愚か者とも言える。
その、オロロンの目の前に、唐突に、音も無く、黒雀という名の死神が降り立った。
その表情に、前回不覚をとった相手への怒りはなく、憎しみも、焦りも。
あの狂気すら無いのだ。
彼女は、べろり、と左目の眼帯を剥がす、その下から、金色に輝く瞳が現れた。
オロロンが振り上げた手刀を振り下ろすが。
その時には、既に、黒雀は手刀の間合いの、内側に存在した。
ぺたり、と、オロロンの顔に、その小さな掌を張り付けると。
次の瞬間には、驚愕と恐怖に歪むその顔を吹き飛ばしたのだった。
黒雀は、眼帯を戻すと、御用猫の方に振り返る。
心なしか、遠慮がちに、何かに怯えたように振り返る。
そして、黒雀は見たのだ。
御用猫の顔は、醜く引きつっていた。
そして、慄く唇から、震えた声を漏らす。
「お前……顔を吹き飛ばしたら、賞金貰えないだろ……」
黒雀は、一度、ことん、と首を傾げ。
どこか自慢げに、破顔したのだった。




