外剣 飛水鳥 6
口入れ屋にも表と裏がある、足集めから賞金稼ぎまで幅広く仕事を周旋し、至極まっとうな商いを行う表の者と、闇討ち、火付け、逃亡幇助など、およそ表沙汰に出来ぬ仕事を請け負う者達。その裏の仲介をする者は通称「裏口屋、裏口組合」などと呼ばれており、主に貴族や富豪たちの「他人には言えぬ困りごと」を、内々に処理する商売をしているのだ。
表向きは、うらぶれた旅籠屋といった態の、この「さぬきや」も、裏に回れば色々と。
「悪さをしてるらしいじゃないか」
御用猫は座敷を断り、入り口にほど近い閉め切った木戸の内に据えられた使い込まれた古いテーブルに腰を下ろした、そしてその背後には、まるで護衛でもするかのように、深緑のフードも目深なリリィアドーネが立っている。しかし流石は現役の騎士といったところか、立ち居振る舞いに隙はなく、じっと息を潜めて、彼女達を囲むように並ぶ武装した男達に、鋭い視線を巡らせていた。
「嫌味なら聞く気はねえよ、これまでにするか? 」
向かいに腰掛けるのは南町の裏口屋を取り仕切る組合長なのだが、さすがにその身柄が分かるほど抜けてはいないらしく「ふくろう」という通称だけが、その筋で知られている。
見たところ五十前後のようだが、特に目立つ特徴もなく、明日の朝には会ったことさえ忘れてしまいそうな、そんな印象の薄い男だった、ただひとつ、喋る時に、ホウホウと、少し息の抜けるような音が、どことなく梟に似ているような気がして、なるほど、と御用猫は奇妙な納得を覚えるのだ。彼は初対面の相手を探るためとはいえ、少々意地の悪い挨拶であったかと、片手を上げて素直に謝罪し、手短に要件を伝えた。
「つまり、旦那はこの俺に、子方を売れと、そう言いたい訳かい」
なにか馬鹿にしたように、ふくろうが鼻を鳴らす、背後のリリィアドーネが一瞬だけ身を震わせたように思えたが、予め、くれぐれも暴発だけはするなよと何度も言い含めておいた為、まだしばらくは大人しくしているだろう。
「そうじゃない、俺は依頼をしたいだけだ、一括で二百出す、女を一人始末して欲しい」
ただし、と御用猫は続ける。
「相場の倍払うんだ、遣手は指名させて貰いたい、トベラルロ キットサイだ」
「断る、どうみても罠じゃねえか、賞金稼ぎからの依頼を受けて子飼いが死んだとなりゃ、こちとらの信義を疑われちまうわ」
ふくろうはリリィアドーネを見ながら顎をさする、大方の事情をお互いが理解しているのは承知しているのだが、これはなんともわざとらしいやり取りではあろうか。嫌らしく笑ったようにも見えるふくろうの視線を受けた刹那、がっ、と、リリィアドーネが御用猫の肩を掴む、しかしこれは、ふくろうの下卑た表情に腹を立てた訳ではなく、悪党が信義などと口にした事が不快だったのだろう、付き合いこそ短い御用猫だが、すぐにそれだと理解できるのだ、それほどに彼女の心根は真っ直ぐであり、そして単純であったから。
「そこは問題ないだろう、俺は今夜ここに居なかった……そもそも一介の賞金稼ぎ風情が、あんたに繋ぎをつける伝手もないのだからな」
これは確かに間違いではない、御用猫には裏口屋の組長と直接会える程の縁故は無いのだ、このような会合は誰にも予想のつかぬ、想像の埒外であろう、なにしろ本来ならば敵対しても不思議ではない相手なのだから。しかし賞金稼ぎを生業とする彼とて、無頼を気取るだけの愚か者という訳でもない、裏口屋に保護された賞金首は、それとなく伝わるものである、そういった首は跨いで通り、今まで裏口屋と表立って諍いを起こした事は無いのだ。
「どうせ遣り残した仕事なんだろう? 何処ぞの貴族から娘の始末も付けるように頼まれた、と、トベラルロに持ちかけるだけでいい、奴は仕事の不始末を片付けられて幸せ、あんたは二重に口利き料が手に入って幸せ、トベラルロが死んじまっても……色々と面倒が減って幸せだ」
誰も損しない、と、御用猫は笑みを浮かべる。
「ついでに、標的は父に劣らぬ腕を持ち、退屈しない相手だと、おまけに若く美しいから、殺す前にたっぷりと楽しんで構わないぞ、と伝えるといい」
めりめり、と肩の辺りに異音が聞こえ始めたが、御用猫はふくろうの表情から、交渉の終わりを感じ取っていた。
「そうさなぁ、あいつの紹介を無下にするのも心苦しいしな……まぁ、構わんか、そのかわり……」
「どこかで眺めてて構わんよ、しくじるようならそっちで始末してもいい……どうせ言われなくても、だろうがな、三日後、いつぞやと同じ道でオランに向かう、理由は適当に、人数は五人までなら問題無いから、この際不良在庫でも片付けたらどうだ」
御用猫は言いながら立ち上がると、挨拶も無く背を向ける。彼自身としても意外だったのだが、少々不快であったのだ。
人の命は、自らの手で奪うもの、それを口先で転がし、自分の手を汚さぬなどと。
(気に、いらない)
たとえ端から見れば同じ穴の狢だろうが、気に入らないものは気に入らないのである、ふくろうと話すにつれ、まるで鏡合わせのように、自分の性根の汚らしさまで浮き出てくるようで、それを見せつけられているようで、とにかく気に入らないのだ。態度にこそ出してはいないものの、あのまま長居すれば、老練老獪な裏の住人であるふくろうに、彼の甘えた若さとも言える弱さを見抜かれてしまうだろう、それはそれで問題もあろうし、なにより、やはり面白くない、気に入らないのである。
(こんな面倒ごとには、二度と手を出さない)
御用猫は、さぬきやを出るとしばらくは普通に歩いていたのだが、通りの角を曲がった瞬間には、苛立ちも隠さず大股で進み始める、少し遅れて横に並んだリリィアドーネは、何やら神妙な顔つきであった。
「猫よ……もう謝罪はせぬが、あとわずか、力を貸して欲しい、彼奴めの賞金は総て貴公に渡す、もう私には、たいした力も無いが、事が終われば、何をもってしても貴公に報いると、この剣に誓おう」
「……いま、何でもって言ったよな? 」
「うむ、騎士に二言は無い」
「じゃあ……」
「それは駄目だ」
どうして、こうも女の勘は鋭いのか。
野良猫を自称する御用猫ではあるが、今日ばかりは、自らの野生に疑問を覚えたのだ。