波剣 人魚針 11
「ちょっと、いいかな」
宴会も漸くに終わりを迎えたが、浜風の女達は、これからまた一仕事だろう。流石に、やや疲れた表情は見せているが、それでも皆が小走りに片付けを行う様子は、オラン女の気風を感じさせた。
御用猫は、ぐったりと眠るチャムパグンと黒雀を、みつばちに預け、ティーナと共に海辺へと足を運ぶ。
みつばちは、しきりに彼女に注意しろと、何をたくらんでいるか知れたものでは無い、と耳元で、いや耳を噛りながらであったか、注意を促してきたのだが。御用猫はいつものように軽くあしらい、先に寝ておけ、とだけ告げて歩き始めた。
深夜を迎えたオランの浜は、月を陰らせ、ぬるい風を御用猫の顔に滑らせる、どうにも、この潮の香りには慣れぬのだが、海育ちのティーナには心地よいものなのだろう、ほろ酔い加減も気持ち良さそうに、両手を組んで伸びをすると、くるり、と振り返る、いつもの笑顔で。
「猫の先生はさ、強いし、悪い人じゃなさそうだし……あのさ、手伝って欲しい事があるんだけど……お金払ったら、お仕事してくれるんでしょ? 」
「内容によるけどな」
そっか、と、ティーナは、下を向いて、足元の小石でも蹴るような仕草。
「お願いしても? 」
「この仕事が終わったら、話しくらいは聞いてやるよ」
ティーナは俯いたまま、動きを止めた。
どれ程の時間が経過したか、わずかなものであったか、彼女は地面と御用猫の顔に、何度も視線を往復させる。
再び、にこりと笑うが、その笑顔は、普段のオラン女のそれではなかった。
彼女は、するする、と、上着を解き、地面に落とす。
「お金じゃ、なかったら……どうかな? 結構、ある方だと、思うんだけどな」
左手で右の肘を掴み、自らの胸を強調するかの様な姿勢だが、顔は逸らしていた、少し震えているだろうか。
「やめとけ、納得できずに安売りするとな、腐るぞ、色々と」
話は済んだとばかりに、御用猫はティーナに背を向け、歩き出したのだが、ふと、足を止め。
「あー、お前は、良い女だよ、もっと高値で売れるさ、荒事なんか辞めて、堅気の仕事して、そんな事しなくても、お前の為に動いてくれる男を捕まえるといい……まぁ余計なお世話だろうけどな」
今度こそ、御用猫は足を止めず、浜風の女亭に戻るのだ。
ひとり残された彼女は、同じ姿勢で身動ぎひとつせず、夜の風に吹かれるままだ。ただ、肘を握る手は、爪が肉に食い込む程に、強く握り締められている。
「……もう、腐ってる女は、どうすればいいのよ……」
ティーナは、誰に聞かせるでもなく、ぬるい浜風に乗せて、呟いた。
御用猫が宿の自室に戻ると、みつばちがベッドの上に正座している。
大きめの部屋には、二つのベッドが据えられていた。
片方には、チャムパグンと黒雀が、お互いに噛り合いながら眠りについている、またぞろ何か食っている夢でも見ているのだろう。
揉みくちゃになったシーツとベッドスローは床に落ち、二人共に腹を出して、時折、ひくひく、と尻を動かしていた。御用猫は二人の腹を隠し、シーツを掛けてから、いつもの戦闘服を椅子に放り投げる。
「身体は清めてきましたから、優しくしてくださいね」
みつばちは、三つ指をついて深く礼をする。
御用猫は気付かぬ所なのだが、きちんと手の平を付けてお辞儀をする辺り、貴族屋敷などへの潜入任務を想定して、礼儀作法の教育も受けているのだろうか。
完成された志能便というのも、あながち冗談では無いのかも知れない。
御用猫は、勢いよくシーツを抜き取り、みつばちを転がしてベッドから落とすと、そのまま、ごろり、と横になる。
口を尖らせたみつばちが、服を脱ぎ捨て下着姿で隣に滑り込んできた。
「何でですか、胸が無いからですか、よもやあの焦げ半エルフと、何がしかの発散をしてきたのではないでしょうね? 私というものがありながら、悪魔鬼畜の所業です」
「その女だが、調べられるか? 」
「……残念ながら、人員が不足しています、上手くあの馬鹿息子の弱味を握り、将来的には草蜂を放つ予定ですが、現状では如何ともし難く……私が動いたとしても、流石に明後日の出航には間に合いません」
さらりと恐ろしげな事を口走るみつばちだが、自分にはさして関係の無い話しであろうと、御用猫は聞き流す。
「お前は明日から別行動しろ、意味は分かるな? 」
「万事お任せを、私が来たからには、全て問題ありません、陰に日向に、健気にもいじらしく、貴方様をお支え致します」
平坦な声と真顔で言われるのは、少し、怖いな、と御用猫は思いながら。
胸の方から、ねぶるように彼の肌を吸いつつ、徐々に登ってくるみつばちの頭を押さえる。
オランの夜は、寝苦しい程の暑さ、という訳ではないのだが、ひょっとすると、汗をかいた自分の皮膚は、程よく塩分を補充できるのだろうかと。
御用猫は、ぺろり、と自分の手首を舐めてみる。
少し、潮の香りがするだろうか。
御用猫は匂いと共に、先ほどのティーナの事を。
宵闇に紛れ、彼女に落ちる暗い陰を、思い出していた。




