波剣 人魚針 2
オランは港町である。
独特の香りと、少し粘つくような浜風、景観も良く開放的な空気が町中を漂い、明るく気風の良い住民と、港に隣接する、繁華街の賑やかさが有名である。
御用猫は、少し大人し目の宿を、当座の仮住まいと定めた。子供を二人も連れているため、飯盛女が客を取らぬ店であることを確認する。
あくまで料理の味と、部屋の清潔さと、寝床の質で、宿を選ぶ事にしたのだ。
その厳しい条件に符合した、ここ、浜風の女亭は、小肥りで愛想の良い、いかにもオラン人らしい女将が切り盛りする宿であった。
小さなエルフを二人も連れた、人相の悪い男に、随分と警戒したのか、しきりに素性を尋ねてくる。
しかし、お腹が空いたと泣き出しそうな二人を見て、慌てて有り合わせの料理を運んできた後は、幸せそうな子エルフどもを、これまた幸せそうな顔で、にこにこと、眺めるばかりであったのだ。
チャムパグンも、黒雀も、見た目だけなら、王宮抱えの職人が、精緻の限りを尽くして作り上げた、人形のように愛らしい。
それは良い、しかし、御用猫は、またも過ちを繰り返した。
チャムパグンの波打つ金髪と、黒雀の濡烏のような黒髪が、交互に揺れながら餌をねだってくるのだ。
浜風の女亭は、当然ながら海鮮料理が自慢の店で、今食べているのは、野菜と貝類をごった煮にしたようなスープで、少しとろみがある濁った汁には、山の出汁と海の出汁が混ざり合い、えも言われぬ、旨味で満ちているのだろう。
御用猫は、腹が減っていたのだ。
(どうする、この際チャムは波止場に捨ててくるべきか)
悪食なウミネコならば、このエルフを食っても腹は壊さぬだろうと、御用猫が思い始めた時。
「はい、あーん」
テーブルの右側から、レンゲのように底の深い、木製のスプーンが差し出されたのだ。
「お、すまんな」
御用猫は、ぱくり、と口にする。
思った通り、魚介の出汁がよく仕事をしている、潮の味と言うべきか。
それでもマルティエの味には敵わぬだろうが、なんというか、本場でしか味わえぬ、独特の旨さがある。
来て良かった。
御用猫は、まだ足りぬ、とばかりに、口を開いて催促する。
「……いや、私が悪かったわ、ちょっとした悪戯だったんだけど」
「なんだと、巫山戯るな、こっちは死活問題なんだよ、俺に食わせるか、こいつらの餌やりを手伝うか、今すぐ選べ」
熱いスープをひとさじ毎に、吹いて冷ましては二人に与える。地味で辛い作業を淡々とこなしながらも、御用猫は、その人物に苦情を入れた。
見た目は二十代半ば程。橙色に近い金髪を左右で三つ編みにし、少し尖った耳の後ろで留めている、半エルフだろうか。
少し日焼けした肌を、短い袖なしシャツに包み、腹を捲り上げて横縛りにする、相当に、自分の身体に、自信を持っているのだろう。パンツは膝の上で、おそらく自分で切り取ったのだろう、糸の解れが見てとれる、すらりと長い足には、程よく筋肉が付いていた。
人懐こそうな笑顔の、これまた典型的なオラン美女なのだ。
「なんだか、聞いてた話と随分違うのね、まぁ良いわ、私はティーナ、よろしくね、御用猫の先生」
「いいから、早くしろ」
ぱくぱく、と、口を開けて催促する御用猫に、ティーナと名乗った女性は、目を瞬かせたあと。
豪快に笑い始めたのだった。
「私は、オランの口入れ屋で頼まれてね、猫の先生と海エルフとの仲介役よ」
御用猫の向かいに座るティーナは、テーブルに頬杖をつき、ビールを呷る、仲介役と言うからには、臆病なうえに気難しく、打ち解けるまで時間のかかる海エルフに、伝手があるのだろう。
御用猫の左膝には、黒雀が跨ぐように座り、胸に両手を回してしがみ付き、顔を埋めて寝息を立てる。
卑しいエルフは、何時もの様に腹を出し、御用猫の右膝を枕にしていた。
二人の食べ残しを一皿にまとめ、それを肴に、御用猫は晩酌をしている。
「ふぅん、ま、詳しい話は明日聞くが、良くここに居ると分かったな」
御用猫が、輪切りのイカをもごもごと、咀嚼しながら問いかける。
「猫の先生は、目立つからね……でも、独り仕事しかしないって聞いてたんだけど……その娘ら何なの? 愛人? 幼女趣味なの? 」
言葉に気をつけろ、と、御用猫が眼光鋭く睨みつけると、ティーナは僅かに身構える。
「この眼帯娘は、凄腕の暗殺者だ、飯で頼めば、今晩にも、領主の首すら取ってくるだろう、死にたくなければ、決して迂闊に近づくなよ」
御用猫が黒雀の頭を撫でながら言う。
その眼帯少女は、撫でられる度に、うな、うな、と、不思議な鳴き声とも鼾ともつかぬ音を発しながら、涎を垂らしている。
「うん、よく分からないけど、そっちの森エルフも? 」
「ああ、こいつは」
御用猫が、ペットの様なものだ、と言おうとした瞬間。
ぷり。
チャムパグンが放屁した。
「知らないやつだ、卑しい乞食エルフかな? 」
やはり、明日、波止場に捨ててこようと。
御用猫は決断した。




