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御用猫  作者: 露瀬
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相合傘 13

「辛島殿、今、なんと」


 道場の上座に座り、御用猫は道場主である、ロッド ドロレスと稽古の風景を眺めていた。並んで座ってはいるものの、お互いに前を向き、視線は合わせていない。


「ロッド殿、青ドラゴン騎士団の剣指南役に、空きが有るのは御存知でしょう、貴殿の剣力と人品を見込んで、これに推挙しようとの話があるのですよ」


 御用猫は、出来る限り鷹揚に、僅かに嫌らしさを含めて話す、このくらいの方が、それらしい、真実味があるだろう。


 尤も、今回はフィオーレの存在もある、疑われる事は無いだろうが、と御用猫は、ロッドに対して本題を切り出したのだ。


 恐らく断られるだろうが、話の切り口くらいには、なるのではないか、反応を見ながら、当時の情報を集めるつもりだった。


「……申し訳無いが、お断り致します」


 およそロッドの答えは、予想通りであったのだが、御用猫は少し大袈裟に驚いてみせる。


「何故でしょう? 過去の事件についてなら、あれは同僚を救う為だと、聞き及んでおります、美談にこそなれど、今更、問題視する者はございませんよ」


「……そこまで、御存知でしたか」


 ロッドは、視線こそ動かす事は無かったが、明らかに動揺している、触れられたく無い過去なのは、間違い無いのだ、当然ではあろうが。


「たかが女ひとり、抑えるのに、剣を抜く必要など無かった……それが出来なかった、私は、判断を誤ったのです、この汚点、私自身が許せるものでは無い……どうか、他に相応しき者をお探しください」


 強い後悔と、痛恨の念は感じるのだが、ロッドの言葉には、何か違和感を覚える。


 それは何なのだろうかと、御用猫は、ぼんやりと視線を彷徨わせながら考える。


 黒江道場とは違い、活気のある稽古場は、人いきれで満ちており、身体を動かしていない御用猫には、じっとりと粘りつくような不快感があった。


 かように重苦しい話をするならば、尚更の事だろう。

 

 相変わらず、サクラとフィオーレは、激しく剣を打ち合わせている。少なくとも、フィオーレは、やはり暇なのだろう、間違い無い。


 御用猫は、ロッドに一礼し、立ち上がる。


 とりあえず、考え事は後回しにしよう、夕食までに、腹を空かせておこうと、手近な者に剣を取らせた。




「おかえりなさい」


 今日のみつばちは、あずき色の小袖に、紺色の前掛け姿。たすきを掛けて、袂を縛り、まるで、家事でもしていたかのようだ。


「家事でもしてたのか? 」


 御用猫は、何とは無しに尋ねたのだが、みつばちは無表情のまま、長着のせいで、普段よりさらに目立たぬ胸を反らした。


「今日は、私が夕餉の支度をしました、褒めるなり撫でるなりして下さい、夜に」


 御用猫は、厩舎に向かうリチャードを慌てて呼び止める。


「今日はマルティエの店に戻るから、田ノ上の親父に伝えといてくれ」


「何でですか、胸が無いからですか、新妻の手料理ですよ、新婚で家庭崩壊ですか」


 腰の辺りにしがみ付くみつばちを、左右に振って引き剥がそうとするのだが、今日は、なかなかに、しぶといではないか。


「御用猫様、差し出がましいようですが、ご新造様の手料理は、食べてさしあげるのが、男の度量ではありませんか? 」


「そうだね、結婚したら、そうするよ」


 未だに、何か勘違いをしているらしいフィオーレは、御用猫に非難がましい視線を送ってくるのだ。


「往生際が悪いですよ、早くお風呂に入って来てください、後がつかえているのですから、みつばちさんの料理は、私がその間に味見しておくので、心配は要りません、例えあまり美味しくなくても、女性が心を込めて作った料理は、残さず食べるのが礼儀というものですからね、リチャードも分かりましたか」


 サクラに尻を叩かれ、仕方なく、御用猫は風呂へ向かう、そういえば、いつの間にか、サクラとみつばちは仲良くなっていた。


 悪い事では無いのだろうが、何か、納得のいかないような、得心できぬような、もやもや、とした気分になる。


「安心して下さい、私は出来る女なので、家事も得意なのです」


 腰から腕にしがみ付き直して隣を歩く、どこか機嫌が良さそうなみつばちは、足取りも軽い。


「惚れた男の為だったら、何だってするのですから」


 ぴたり、と、御用猫が足を止める。


 違和感の正体が、分かったかも知れない、御用猫の頭の中の霧が晴れるように、筋道が見えてくる。


 これは確信では無い、しかし。


 固まったように動かない御用猫に、みつばちは無表情ではあるが、何か不安そうな瞳で、腕を掴む力を緩めた。


「……先生? 」


「お前は、ひょっとしたら、出来る女なのかも知れないな」


 ぐしぐし、と、みつばちの頭を撫で回すと、彼女は肩をすぼめた後、自分の太腿の辺りを、両手で何度も叩き、喜びを表現する。




 料理は、普通だった。



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