相合傘 10
「おかえりなさい」
田ノ上道場で出迎えたのは、みつばちであった。
今日のみつばちは、袖の無い濃緑のワンピースに、黒い水玉のスカートを重ね履きし、上のスカートをたくし上げて、エプロンのようにしている。
肩と首周りには、クリーム色のフリルをあしらえてあり、落ち着いた感じの衣装だ、みつばちの年は二十一、二だった筈だが、もう少し大人びた印象を受ける。
昨日、サクラに文句を言われた為だろう。
ただ、肩には米俵のように何者かを担いでいた。
担がれた人物は、だらり、と手足を伸ばし、生きているのか、死んでいるのかも窺い知れない。
御用猫は、ロシナン子の始末をリチャードに任せ、みつばちから、米俵を受け取った。
「先生ー、猫の先生ぇー、お腹が空きました」
なんかくれ、と、力無く訴える森エルフを、肩に担ぎ直す。
「こちらの方は……もしかして、田ノ上先生の、ご新造様ですか? 」
みつばちとは、初対面のフィオーレが、訪ねてくる。貴族である彼女の感覚では、あり得なくも無い話、なのだろうか。
もっとも、田ノ上老が、新たに妻を迎える事はあるまい。
御用猫は、努めて表情を面に出さなかった。
「田ノ上の親父は女好きだが、死んだ嫁さんが今でも一番だからな、本人の前で、その手の話はするんじゃないぞ」
「初めましてフィオーレ様、みつばちと申します、猫の先生のご新造です」
無表情、棒読みで御用猫の腰に抱き付いたみつばちに、なんと対応して良いのか分からないのだろう、フィオーレはサクラに助けを求めた。
しかし、サクラの方は、何やら顔を顰めて、少しずつ後ろに下がる。
記憶は無くとも、本能的な危機を感じ取っているのか。
「とりあえず、飯にするか、チャムが死んだら面倒だしな……お前、この間の金はどうした? 」
御用猫は、肩に担いだ森エルフの尻に話しかけながら、何とは無しに揉んでみる。
この卑しいエルフの、唯一の取り柄であるが、髪の毛から足の先まで、全身くまなく触り心地が良いのだ。硬過ぎず、柔らか過ぎない、絶妙な弾力を持つチャムパグンの尻肉は、御用猫のお気に入りだった。
「エルっ子は、宵越しの銭は持たねえんですぜ、旦那ァ」
顔は見えないが、何となく予想出来る。
げすげすげす、と、嫌な笑い声をあげる卑しいエルフを、肩から、立膝の上に降ろし。
御用猫は、ぺろり、とエルっ子のショートパンツを剥くと。
下から現れた、ライチのように、つるんとした尻に、勢いよく平手打ちを始めた。
「つまり、ロッド ドロレスが昔殺した女は、黒江の婚約者だったと? 」
「はい、そして、その女はズゥロの姉であったと、今の所、そこまでは調べが付きました」
これは、なんとも面倒な事になってきた。
ひしひし、と、そんな予感がする。
いや、既に確信か。
しかし、これだけの情報を、僅か四日で集めてくるとは、みつばちの仲間は、恐ろしく有能だ。
何故か、御用猫の前に現れたのは、頭のおかしな女二人なのだが。
「ふぅむ、何やら因縁が多そうじゃのう、しかし、態々、そんな二人を選び出すとは……サクラのオヤジ殿も、中々に、遣手、ではないか」
からからと笑い、楽しげに酒を呷る。
今夜は、すんなりと酌をしたみつばちが、返盃を受け取っている。案外、夫婦としてもやっていけるかも知れないな、と、御用猫は考えた。
あり得ぬ話、ではあるのだが。
「若先生、宜しければ」
リチャードが銚子を持ち上げてみせる。
お前も、結構好きなのか、と、御用猫は盃を差し出した、リチャードはあまり酒に強くはないのだが。
(返盃目当てに、酌をしてくるとは)
来年、彼が成人したならば、田ノ上の親父と三人で、遊廓に繰り出そう。楽しみが増えた、と、御用猫は、何か温かい心持ちである。
野良猫には、似つかわしくない感情であろうが、今夜は気分が良い。
敢えて否定する事も、無いのだ。
向かい側で、サクラとフィオーレの二人掛かりにて、給餌を受ける、幸せそうな森エルフを眺めながら。
そう言えば、二人の年齢を足したとしても、チャムの方が歳上であると、思い出し。
御用猫は、卑しいエルフの額に、盃を投げつけた。




