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御用猫  作者: 露瀬
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死剣 人取り 14

 大井屋商館の護衛に就いてから、三日が過ぎようとしていた。


 深夜零時を過ぎた頃に、御用猫は田ノ上老とスキットに声をかける。


 スキットの方は、少しやつれて見えた、家族の無事は、毎夜報告されているのだが、やはり精神的に辛いものがあるのだろう。


 商売にも穴が開き、得意先にも随分と、迷惑を掛けているようだ。この騒動が収まれど、両商会の力は大分、衰えてしまう事だろう。


 御用猫は、薄暗い部屋が辛気臭いと、眠りについたばかりのチャムを叩き起こし、灯りを増設させた。


 ふよふよ、と、幾つもの光玉が天井付近で揺らめいている。


 光量の上がったテーブルに、酒と肴を並べ、燻製肉とチーズを、交互にエルフに与えながら、御用猫は話し始める。


「ガンタカ ホンワカじゃと? 」


「聞いたことないか? 二十年ほど前に、クロスロードで道場を開いてたらしいが」


 これは、みつばちからの報告にあったものだ。


 不思議そうな顔をした田ノ上ヒョーエだったが、その名には、心当たりがあったようだ。


「懐かしいのぅ、覚えておるよ、そ奴は若くに道場を継いでの、随分と稽古が厳しく、門下生が逃げ散ってしまったそうでな」


「なんか、聞いた事あるな」


 スキットの方を見ると、苦笑いを浮かべている。


 稽古の厳しさならば、当時の田ノ上道場に勝るものは無かっただろう。


「名を上げて、門下生を集めようとしたらしいでの、クロスロード中の道場に、片端から道場破りを仕掛けたそうじゃ」


「思い出しました「看板取り」のガンタカですか」


 スキットが、ぽん、と手を打つ、見た目のせいか、どこか狸を思い起こさせる。


 ガンタカの快進撃は、とどまる所を知らず、ついに東町の田ノ上道場に及んだ。


 ところが、道場主の田ノ上ヒョーエは、ガンタカには興味無さげであり、高弟はおろか、伝位持ちにすら相手をさせなかったのだ。


 田ノ上は、屋外稽古場の隅で棒振りを行うスキットを呼び出し、これに相手をさせるという。


 当然にガンタカは激怒した、これ程に舐められたのは、初めてだった。


「今更、言い訳は聞かぬぞ、こ奴を打ち倒したならば、看板は頂いてゆく」


 田ノ上ヒョーエは、うわさ通りの達人に見えたのだが、どうも人格者とは云えぬようだ。


 ガンタカは目の前で、不安げに周囲を見渡す、小肥りの若者を見やる。


(身体は作っているようだが……これは、まるで素人ではないか)


 ひょっとすれば、負けた言い訳の為に、態と弱い相手をあてがったのか、勝負の結果に難癖を付け、全員で袋だたきにする心積もりなのでは。


 ガンタカの疑問も、また、当然であった。


 しかし、勝負が始まり、ガンタカはその疑いがまるで見当外れだと知る。


 強烈な打ち込み。


 余裕から初手を渡したのだが、スキットの打ち込みは、思いの外鋭く、重い。


 そして、終わる事が無かった。


 思い切りの良い、のびのびとした打ち込みは、縦に横にと、基本の型をなぞるのみ、であったのだが。


 ガンタカは腕も、知識も充分に備えていた、それ故に、深読みし、対処がし辛い。


 受け続け、避け続けるのが精一杯、延々と続くスキットの打ち込みは、五分を超え。


 ついに、ガンタカの鎖骨を砕いたのだ。


「馬鹿者が! 手間をかけおって! アルグレイドン、こ奴は今日一日、たっぷりと可愛がってやれい」


 引き摺るように連れ出されるスキットを見ながら、どこか、田ノ上ヒョーエの目は笑っていた。


「おぅ、そこな坊主よ、今日の儂は機嫌が良い、運が良かったな」


 ゆっくりと、ガンタカに近寄った田ノ上は。


「出直してこい! 」


 どっ、と、ガンタカの胸を蹴り上げた。


 ごろごろと転がった男は、しばらくすると、肋骨が折れたであろう胸を押さえ、震える足取りで立ち去った。


 田ノ上道場では、再び稽古が始まっており。


 彼に目を向ける者は、誰一人居なかった。



「彼奴めも、中々に見所はあったのだ、あれから修行を積んでおれば、今のスキットなぞ、ほれ、一太刀であろうな」


 猪口を傾け、田ノ上老が笑う。


 昔の事とはいえ、えげつない真似をする。


 いや、そういえば、サクラもそうだったか。


 才能に溺れて慢心増長する者は、格下相手に、完膚無きまでに叩きのめされれば、目が覚めて気合が入る、と、いうのだろう。サクラが蹴られなかったのは、年を取って丸くなったという事か。


 御用猫は、こっそりと、ガンタカに同情する。


「して、そのガンタカが、どうしたというのじゃ」


 当時の気持ちを思い出したのか、少し機嫌の良さそうな田ノ上ヒョーエは、チーズを口に放り込む。


 今は、剣から離れたとはいえ、変わらずに可愛がられているスキットも、昔を懐かしんでいる様子だった。


 苦しい修行時代とはいえ、彼の最も輝いていた頃なのは、間違いないのだろうから。


「いや、次の仕事相手になるかも知れないんでね、情報収集さ、スキットは顔を覚えてるのか? 」


「もちろんですよ、如何にも強そうで、精悍な男でしたから……初めて立ち合った相手ですしね」


 勝てたのは、偶然ですよ、と、笑う。


 確かにそうだろうが、彼のたゆまぬ努力が有ってこその、偶然だろう。


 そう告げると、スキットは照れ臭そうにはにかんだ。


「しかし、そうか、賞金首に成り下がっていたとはなぁ……」


「ま、それは親父のせいじゃないだろ」


 御用猫は、うつらうつら、と、し始めたチャムを抱え上げる。


 後は、田ノ上班に任せて一眠りしよう。

 

 どうやら、スキットはガンタカの顔を覚えているようだ。


 なれば、幽霊剣士はガンタカとは別人か。


 しかし、ガンタカのあの顔、落ち窪んだ目と、こけた頬。


 当時の彼は、精悍な顔つきだったという、余りの様変わりに、スキットも同一人物とは思えなかったのではないか。


 現状、答えは出ない。


 当座のところ、襲い来る相手を迎え撃つしかないのだ、やる事は変わらない。


 しかし、ガンタカが田ノ上老を狙っているのはこれで、間違いないのだ。


 どうするべきか。


「石火」のヒョーエに負けはない、それは御用猫の信ずるところでは、あるのだが。


 まぁ、今考えても仕方ないかと、御用猫はとりあえず寝る事にした。


 抱えたチャムをベッドに放り込み、硬い戦闘服を乱暴に脱ぎ捨てる。


 そのまま、同じベッドに潜り込もうとして。


「おい」


 いつの間に現れたのか、リリィアドーネに肩を掴まれた。


「なんだよ、もう眠いんだけど」


「なんだよ、では無い! チャムはまだ子供だぞ、臥所に連れ込むなど! 私が許さん! 何やら込み入った話だろうかと、終わるまで待っていたのに! 」


 話がしたかっただけなのに、と、腕をぶんぶん振り回しながら主張している。


 部屋が暗いのでよく分からないが、おそらく、真っ赤になって怒っているのだろう。


 短気な女だ、仕事が片付いたら小物を買ってやると約束をした時は、あれほど喜んで従順だったというのに。


「なら、リリィも一緒に寝よう」


「ぴっ」


 御用猫の使う部屋は、田ノ上老と交代で使用している来客用のもので。


 中央のベッドは、三人横になっても余裕がある。


 来客用で、その大きさ、というのは、当然に、そういうことなのだが。


 御用猫に引きずり込まれたリリィアドーネは、ひよこの様な悲鳴をあげた後は。


 結局、朝までまんじりともせずに、固まっていたのだ。



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