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御用猫  作者: 露瀬
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死剣 人取り 13

「事情は分かった、及ばずながら、協力しよう」


「ありがとうございます、若先生にもご迷惑をおかけしますが……」


 頭を下げるスキットに、御用猫は手を振った。田ノ上道場の師範代扱いとはいえ、下手をすれば、親子ほども年の離れた相手に、なんと素直に頭を下げるものか。


 非常時とはいえ、いや、だからこそなのだろうか。


 彼の商人としての資質と、その人柄の良さが伺える。


「しかし、あの、アルグレイドンが殺られるなんて、ちょっと、信じられないな」


「その御仁は、それ程の遣い手だったのか? 」


 商館の客間で卓を囲み、お茶を啜る御用猫に、リリィアドーネが訪ねた。先程は、御用猫の胸をぽかぽかと叩き続けていた彼女も、今やすっかり落ち着いた様子で、澄ました顔を見せている。


「田ノ上の親父から一本取れるといや、分かるだろ」


「むぅ、それは」


 リリィアドーネは、あれからも、折をみて何度か田ノ上道場で稽古をしたのだが、結局、田ノ上老には、まともに打ち込む事すら叶わなかったのである。


 いなされ、躱され、かと思えば強固に受けられ、弾かれる。


 柔であり、剛の剣。


 彼女の見る限り、アドルパスや、アルタソマイダスと同格であろう達人から、一本を取る。


 それ程の剣士を倒したというのだ。


 リリィアドーネは、まともに勝負して、自身が勝てるとは思えなかった。


「その幽霊剣士の相手は儂がしよう、他の者は決して、手出しするでないぞ」


 田ノ上老は、アルグレイドン門下生の代表と、サクラを見ながら、きっぱりと告げた。


 いかにも暴走しそうな二人である、きつく言い含めても安心は出来ぬだろう。


「幽霊剣士? 」


 御用猫は初耳だ。


「はい、正体の程は不明なのですが、おそらくホールデ商会の雇った闇討ち屋かと」


 ホールデ商会は、クロスロードの西町に本拠を構える、大井屋の商売敵であった。


 あったのだが、ホールデ商会長の長男、ドコニスは、大井屋の娘に一目惚れし、将来の合併を視野に入れた婚姻を申し込んでいたのだ。


 結果としては、スキットが娘の心を射止めたのだが、横恋慕されたと、ドコニスの恨みは深く、未だに商売上の嫌がらせや、妨害工作は続いているのだという。


 だが、いままで直接的で、強引な手段は向こうも使ってこなかったのだが。


 それについては、スキットにも分からない、ただ、一連の襲撃は、ドコニスの手引きであろう証拠は集まりつつある。


 今回、襲撃者を捉えて証言させれば、ホールデ商会は終わりだろう。


 しかし、向こうとて、それは承知している。


 なればこそ、絶対的な戦力を投じてくるはずだ。


 その中核を担うのが「幽霊剣士」だというのだ。


 スキットが言うには、細身で長身、幽霊の如き、青白い肌に無精髭の長剣遣いだとか。


「恐るべき剣士でした、当初は互角の剣戟を続けていたのですが、胸の前で長剣を立てた、奇妙な構えを見せると、無造作にアル兄に近づき、そのまま……」


 俯いて、スキットは拳を固める。


「むぅ、幻術の類いでしょうか」


 リリィアドーネの問いに、田ノ上老はかぶりを振る。


「幻術に対する戦い方は、充分に仕込んでおった、少なくとも、なんの抵抗も出来ずに、やられるはずはないの」


 確かに、呪い師との戦い方は、騎士ならば必ず教え込まれる。幻術に惑わされぬ為には、世界と己の存在を、しかと認識するだけの意思を保てばいいのだ。


 一流の剣士ともなれば、易々と騙されはしない。


 そもそも、相対した状態で悠長に呪いなど始めれば、忽ちのうちに、斬って捨てられるだけだろう。


「何か、そういった剣技があるのか、猫は何か知らないか? 」


 リリィアドーネは、御用猫に訪ねたが、その男は、顎に手をやり、何やら思い悩んでいる様子だった。


「……幽霊のような、手練れの、剣士」


 くい、と、眉を寄せたリリィアドーネだったが、それ以上、聞くことはなかった。


 商館の警護は、三交代で行われる事になった。


 これは、御用猫の案だったのだが、警備には集中力が必要で、いつ終わるとも知れぬ状況では、人数を減らす危険を負ってでも、気を休める時間を増やした方が良いとの判断だった。


 アルグレイドン門下生は三つの班に分け、それぞれの班は、田ノ上道場組、青ドラゴン騎士の二人、そして御用猫とリリィアドーネの組が、指揮する事に決まった。


 深夜から早朝までを田ノ上班が、日中は騎士班、夕方から深夜までを御用猫の班が受け持つ。担当以外の時間は自由だが、襲撃の合図があれば、全員が対応する形だ。


 早速、班を分け、今から深夜までは、御用猫が受け持つ事となる。


 リリィアドーネは、班の全員に呼子笛を渡し、巡回路と敵遭遇時の段取りを説明している。


 実に、出来る女だ、役に立つ。


 御用猫は、うんうん、と頷く。


 他ならぬ田ノ上老の頼みだ、手伝いはするが、楽はしたい。


 自分の相方に彼女を指名したのは、こういった下心があった為なのだが。


 何を勘違いしたのか、リリィアドーネは、赤くなって、もじもじと悶え。


 サクラは激しく反対し、ウォルレンとケインは口止料を要求してきたのだ。


 まぁ、それは良い、と、御用猫は考える。


「みつばちー」


「ここに」


 中庭に積み上げられた箱の一つに腰を下ろし「出来ない女」に声をかけると。


 黒装束のくノ一は、箱の中から、ぱかっと、蓋を跳ね上げ現れた。


「どっから……まぁいいや、ガンタカ ホンワカ、あー、昨日一緒に飯食ってた男を調べてくれ」


「うす」


 よちよち、と、箱の中から這い出たみつばちは、御用猫の背後から覆い被さるように抱きついた。


「危ない相手だからな、無理はすんなよ、いざとなれば、俺の名前出して見逃して貰え」


「ふぁい」


 もそもそ、と、御用猫の耳たぶを甘噛みしながら、女忍者は答える。


「あと、チャムを連れてこい、だが、力尽くはやめとけよ、俺が餌と小遣いをやるから、と言え、簡単に付いてくるから」


「了解しました」


「ちょっと気持ち悪いから、離れてくんないかな」


 無表情のままに、頬ずりしながら御用猫の身体を弄るみつばちに、拒絶の言葉を呈する。


「ですが、私は、カンナ様から、猫の先生の身辺警護も仰せつかっているのです」


「一番の危険人物が警護してんじゃねーか」


 何をおっしゃいますやら、と、みつばちは、御用猫の首に手を回したまま、滑り込むように膝の上に移動する。


「私が危険視しているのは、あの短髪貧乳女騎士ですよ、先生の身に悪い虫が付かぬよう、こうして見せ付けているのです」


(見張る、じゃないのか)


 御用猫が言う前に、だっだっだ、と荒い足音が響き。


「猫ァッ!! 」


 件の、短髪ド貧乳女騎士が、怒髪天を突き現れた。


「なんたる卑猥! 」


 ぶんぶん、と、手を振り、やれ緊張感がだの、示しがつかぬだの、いやらしいだのと文句を言い始めた。


「とりあえず、もう行ってこい……くれぐれも、無理はするなよ」


「はい」


 みつばちは、ちう、と、御用猫の口を吸い、そろそろ暗がりの増えてきた夕の帳に、溶けるように消えてゆく。


 相変わらず、見事な隠形の術だ。


「な、な、ななな」


 引き付けでも起こしたかのように、リリィアドーネは、ぱくぱく、と、酸素を求める。


 これは宥めるのに時間が掛かりそうだ、何か彼女の気を引く事を、今の内に考えておかねば。


 そういえば、大井屋は貴婦人から平民の少女まで、予算と年代に合わせた宝飾品を取り扱っていたか。


 いまいち、飾り気の無い彼女に、何か買ってみるのはどうだろう、良い考えではないか。


 およそ、普段の御用猫からは浮かばないであろう思い付きは。


 彼の漠然とした恐怖から。


 我が身に迫る死の恐怖から生まれてきたものである事に。


 はたして御用猫は。


 いまだ、気付いてはいなかった。



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