死剣 人取り 11
人生とは、まこと、儘ならぬものである。
当然といえば当然であるのだが、人はいづれ、その理不尽さに直面するものなのだ。
御用猫は、すでに知っている。
それが、一度で済まぬ事も、知っていた。
「それで、意中の人には出逢えなかったって訳か」
「うむ、記憶を頼りに住まいを訪ねたのだが、無駄足であったようだ、近所の者が言うには、暫く留守にする、と、若衆を連れて出かけたのだとか」
御用猫とガンタカは、マルティエの店で、夕食をとっていた。食事の為に帰ってきた御用猫に、たまたま、彼を訪ねてきたガンタカが出くわしたのだ。
酒は断ったガンタカであったが、マルティエが特別に用意した雑炊は、いたく気に入った様子で。
「久しぶりに、食い物の味がする」
何処となく、機嫌が良さそうにも見える。
「先生ぇー、御用猫の先生ぇー、これは無理ですよ、もう無理です」
飯を食わせるから、という約束で、この不健康そうな幽鬼を、チャムパグンに診せていたのだが。
「こいつは、もう死んでいるのでますよ、ゾンビです、歩くリビングダイニングですわ」
「なに言ってるのかは分からないが、お前に頼んだのが間違いだとは分かったよ、ありがとう」
約束だ、飯くれ、と、定位置に着くエルフの口に、酸味のある茸の餡をかけた焼き豆腐を、小さく取り分けては、放りこんでゆく。
「前にも言ったが、某のは寿命だ、どうにもならぬよ」
「みたいだな」
くい、と、猪口を傾けた御用猫に、料理を載せた盆を抱えて、マルティエが
話しかけてくる。
「猫の先生、明日には大井屋さんに顔を出してあげて下さいよ? サクラちゃん、泣きそうな顔してたんですからね? 」
ごとり、と、イサキの塩釜焼きをテーブルに置くと、念を押すように人差し指を立てた。
「分かってるよ、西町の大井屋だろ? 」
そう答えると、マルティエはにっこり笑って、満足そうに、ぽってりとしたお尻を振りながら、奥に下がってゆく。
常連客が口笛を吹くのが聞こえてきた。
気持ちは分かる。
御用猫は木製の箸を一本持ち、塩釜を軽く叩く。
箸が僅かに震えると、ぱしん、と、乾いた音と共に、塩釜が縦に割れる。
「ぬ、斬鉄か?」
御用猫は頷き、イサキを巻く葉を剥いてから、背中の身を大きく取り上げた。
「おほーぅ、はよ、はよください! 」
チャムパグンは大興奮して、頭を上下させる。
身離れが良く、しっかりとした背中の肉を、口の中に入れてやると、頬に手を当てて、うっとり、と咀嚼しはじめた。
「ふむ、このエルフ、魑魅か魍魎の類いか、生かしておいても、為にならぬぞ」
「初めて、分かってくれる人に出会えたよ」
感激した、と、答えたのみで、御用猫は魚の分解に没頭している。
ガンタカの方も、特に興味はないようで、箸を持って、陶器の小皿を叩いた。
ぴぃん、と、甲高い音が鳴り、小皿が左右に別たれる。
落ち窪んだ目の奥で、幽鬼は薄く笑った。
何か自嘲気味に、恥じるような、そんな笑いだった。
「大したもんだな」
御用猫は、ほぐした魚の身を、エルフに与えながら、小皿を掲げて、切断面を確認する。
恐るべき腕の冴え、この男なら、箸で一つ胴が断てるやもしれぬ。
「このような手遊み、真剣勝負には、何の役にも立たぬよ」
そして、ことり、と、箸を置く。
まだ、随分と、雑炊は残っていた。
「大井屋か……何処かで聞いたような……そうだな、明日はまた西町を訪ねてみるとしよう」
「良かったら、その人探し、手伝ってやろうか? 金は取るけどな」
御用猫は、立ち上がるガンタカに顔を向けずに提案してみる。
おそらくは。
「いや、貴殿の手は借りぬよ、うん? 違うな、貴殿のちからを借りるのは」
幽鬼は、生気のない顔を歪めて笑うと。
とんとん、と、首を叩いてみせる。
「この時だけだな」
ガンタカは、宿を取らぬ。
何処ぞで野宿なのだろうか、今の気温ならば、風邪など心配は無いだろうが。
御用猫は考えるのを止めた。
明日は早くに西町へ向かおう、田ノ上の親父が、わざわざ御用猫を呼びつけるなど、余程の事件だろう。
面倒だが、そのくらい手伝う義理はあるはずだ。
御用猫は、そんな事を考えながら。
もっともっと、と、主張するエルフのおでこを、箸で叩いた。




