表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
御用猫  作者: 露瀬
45/150

死剣 人取り 10

「何で、居ないんですか! 」


「そうは言われても、ねぇ」


 いのや、の店先で、小柄な少女が、背の高い金髪の美女に食って掛かる。身長差は二十センチ以上だろう。


 爪先で伸び上がるように掴みかかると、その豊満な胸に、すっぽりと顎がはまってしまいそうになり。その少女、サクラは更に機嫌を悪くする。


「サクラ、いい加減にしろ! 済まなかったな、づるこ、猫が来たなら大井屋に顔を出すよう、伝えてくれ」


「はぁい、リリィさまも、たまには遊びにいらしてね」


 久しぶりに顔を見せた太陽に照らされ、ふりふり、と、片手で答えるづるこは、まさに、非の打ち所がない美女であった。


 リリィアドーネは、ふと、どうしても確認したくなり。


「その、少し聞きたいのだが、その、づるこは、家事なども、こなせたりするのか? いや、これは一般論なのだがな? 」


 へぁ、と、少し抜けた声で返事をしたづるこだったのだが。


「ウチの娘は、いの母さんに仕込まれてますからねぇ、マキヤもああ見えて、一通りは」


「ぐぅ、そ、そうか」


 いのやの遊女達は、恥をかかぬ程度には、家事も教えられていた。


 せっかく身請けされても、役立たずの無駄飯食いは、歳を取って捨てられる、などという話は良くある事なのだ。



(騎士だから、貴族だからと、今まで、興味を持たなかったが……ひょっとすると)


 まるで家事の出来ない女、というのは、異常なのではなかろうか。


 そういえば、母は、家事をしなかったが、出来ない訳では無い、と、父から聞いた事があるような。


 若い頃は、母の作った軽食を破子に詰め、遠乗りに出かけたのだとか。


(なんたる事だ、他人に先んじようと、剣を修行し、しかして、その為に遅れを取っていたということなのか)


 度重なる敗北を糧に、リリィアドーネが家事の特訓を始めるのは、もう少し先の事になる。


「すみません、リリアドネ様、折角、お仕事に穴を開けてまで、案内して頂いたというのに」


 気落ちしたようなサクラの声に、彼女は現実へ引き戻される。


「いや、気にするな、姫様からも、田ノ上老に協力するよう、仰せつかった」


 そうなのだ、何故かアルタソ団長からも、念を押されている。かつては救国の英雄、とまで謳われた田ノ上ヒョーエであるから当然という事なのだろうか。


 リリィアドーネは疑問を覚えたが、それを問い質すのは、不敬に当たるだろうか、と、敢えて聞く事は無かった。



 最初、マルティエの亭をサクラは訪ねたのだが、御用猫は折悪く不在であった。いのや、の存在を知らぬサクラは、迷った末にリリィアドーネに相談を持ちかけたのだった。


 自分よりも御用猫との繋がりが強い彼女ならば、あるいは、と。


 リリィアドーネは、王宮で任務の最中であった。


 空中庭園と呼ばれる、塔の先に造られた庭で、王女二人が午後のお茶会を楽しむ、その護衛、という体裁の話し相手である。


 はしたなくも、届けられた伝言を盗み聞きしたシファリエル王女は、席に戻ると、姉と近衛団長のアルタソマイダスを説き伏せてしまったのだ。


 リリィアドーネが、なんとか暇を頂けないか、と、上司に声を掛ける前に


「行ってらっしゃい、すっかりと片付くまで戻らなくていいわ、定時の報告だけは怠らないようにね」


 と、半ば追い出される様に、非番扱いとなったのだ。


 退出する前に、何か、シャルロッテ殿下の視線が、厳しいものだったような気がした。どこか非難がましくもあり、僅かに拗ねたような印象も受けたが。


 真面目で誠実なお方だ、この様な我儘には思うところがあるのだろう、とリリィアドーネは考えるに止めた。


 兎も角、サクラの話を聞けば、およそ許されざる無法をはたらく獣が、このクロスロードに潜んでいるというのだ。


(確かに、捨て置けぬ)


 許可も得ている、リリィアドーネが協力するに何の阻害もない。


 制服から、普段用の防刃ジャケットとスカートに着替え、騎士叙勲の祝いに、アドルパスから譲り受けた深緑のローブを羽織る。


 とりあえずは、サクラの為に御用猫を探さねば、と、いのやを訪れたのだが、肝心の猫は、つい先ほど出掛けてしまったというのだ。


「全く、いざという時に役に立たない男ですよね、まぁ腕前は確かですし、性根の方はそこまで曲がってはいないのですが、最近は見慣れてしまったので、顔の傷も気にならなくなりましたし、よくよく見てみれば、多少は整った造詣かもしれませんよね、でも、リリアドネ様には似つかわしくありませんよ」


 つらつらと不平を重ねるサクラは、先刻よりも余裕があるように見える。


 最初は、どうしたら良いのか分かりません、と繰り返すばかりであったのだが。


 あの様に狼狽えては、まだまだ、サクラには、もう少し。


(こころの方の修練が必要だな)


 と、リリィアドーネは考えるのだ。


「ところで、リリアドネ様」


「ん、どうした」


 長い黒髪の馬尾を揺らし、サクラは顔を向ける。


「先ほどのお店は、いったい、どの様な場所なのですか?料理屋にしては、この時間に活気がありませんでしたし、なにやら大仰な門の中に、派手な造りの建物ばかりで、着飾った女性の方々は、何処かその、雰囲気というか、なんというか……」


 リリィアドーネは答えに詰まり、わたわた、と、不思議な動きを見せたあと。


「最近、そうだ、修行の方は捗っているのか、折角なのだ、上達ぶりを見てやろう、それがいい」


 余りにも不自然な話の逸らし方で。


 通りの真ん中で抜刀しかけ、サクラに取り押さえられた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ