死剣 人取り 8
「アルグレイドンが……」
「……はい」
田ノ上ヒョーエは、惚けた様に呟く、サクラもリチャードも、この様な師匠の顔を見るのは、初めての出来事であった。
次には、眉間の皺を深く寄せ、苦悩に満ちた表情、その次には。
「くわしく、話せ」
ぴりっ、と、震えるような空気に当てられ、その場の全員が、同時に唾を飲み込んだ。
これは、怒りの感情。
純粋で、静黙たる怒りだ。
少し上ずった声で、スキットは続けた。
彼の婿入り先は、大井屋という、貴族から平民まで、手広く商いを行う老舗の商会であった。儲けは上々、堅物の先代から全面的な信頼と、愛娘を勝ち得た程の、スキットの手腕と人誑しの巧さで、商人組合での発言力も高まり、まさに。
(我が世の春とは、言い過ぎか)
最近産まれたばかりの、玉のような末の娘に頬ずりしながら、上町の一等地にある邸宅の縁側で、スキットは幸せを噛み締めていた。
そんな折に舞い込んだ報せが、妹一家の惨殺、というものだったのだから、スキットは一瞬、儲けの割に寄進が足りず、商売の神の不興を買ったのか、と、天を仰いだ程だった。
西町で、支店のひとつを任せていた、妹夫婦は、亭主とも真面目な性格で、手堅く仕事をしてくれていたのだが。
現場は酷い有り様で、丁稚奉公小間使いまで皆殺し、何より、スキットの妹と、まだ七つを数えぬ娘まで、念入りに犯された後で、梁から吊るされていた。
まさに、畜生のはたらき、話を聞くサクラの顔は、酸欠を起こしそうな程に青ざめていた。
「そ奴ら、目星はついておるのか? 」
「幾つか、心当たりはありますが……現在も調べは続けております」
最初は、運悪く、盗賊に襲われたのだろうと思った、しかし、その日を境に、大井屋の支店や、商隊が襲われる事件が頻発する。
(あぁ、これはいくさになる……)
スキットは決断した、この敵は必ず調べあげ、唯の一人も逃さぬと。
取りも敢えず、家族を守らねば。
そういった時に、スキットが最大級の信頼を寄せる者が居た。
それが「鉄槌」アルグレイドン、である。
かつての田ノ上道場で、一二を争う剣力の持ち主、皆伝奥許しを得られた四人の高弟の一人である。
二刀の峰を打ち合わせる、変形鉄槌を得意とし、最盛期の田ノ上ヒョーエから、月に一度は一本を頂く程の腕前であった。
今は自らの道場を興し、クロスロードの西を守護する、麒麟パイフゥ騎士団の剣術指南も務め、王宮からも幾度となく仕官を求められる程。
人品に優れた傑物、田ノ上老自慢の弟子の一人であったのだ。
スキットが婿入りした当初から、引退した田ノ上老に代わり、可愛い弟分の面倒を、あれやこれやと助けてくれていた、気っ風の良い好漢でもある。
スキットは自らを囮に、アルグレイドンを連れた隊商を走らせた。
そしてナローの西から、クロスロードへと帰る途中。
あの悪夢に、思い出しても震えのくるような、幽霊のごとき剣士に出会ったのだ。
「目の前で兄弟子を殺されながら、おめおめと逃げ帰った事、お許し下さい、なれど、もう私に出来ることは」
がば、と土下座をし、感極まったのか、滂沱の如く涙を流す。
「なにとぞ、何卒、大先生のお力を! 」
仇を、と、肩を震わせるスキットを、田ノ上ヒョーエは、子供でもあやすように、そっと抱き寄せた。
「ばかものめ、弟子を助けぬ師匠が、どこにおろうか」
ぽんぽん、と背中を叩くと、スキットは声をあげて泣き始める。
田ノ上老は、愛弟子の大きくも、小さな背中に目を落とし、短く告げた。
「サクラや、猫を呼んできておくれ」
勢いよく立ち上がると、彼女は、はしたなくも、脱兎の如く駆け出したのだった。




