表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
御用猫  作者: 露瀬
42/150

死剣 人取り 7

 田ノ上道場に、久しぶりの来客があったのは、そろそろ湿気で道着が、えも言われぬ、香りを放ち始める時分、の昼下がり。


 今日もリチャードを叩きのめし、満足げなサクラが、案内をすると。道場主である、田ノ上ヒョーエは、破顔してその客を迎えた。


「おぉ、おぉ、誰かと思えばスキットかえ、久しぶりじゃの、よう来た、よう来た」


 スキットと呼ばれた男は、上背は無いものの、丸々とした固肥りで。少し薄くなっている髪を丁寧に撫でつけた、身なりの良い中年だった。丸い童顔の為に若く見えるが、四十代だろう。


 柔かな笑みが、周囲の雰囲気まで丸くしてしまいそうな。


 それが、サクラの第一印象であった。


「また、少し太ったか? 全く、儂が、お前をひとかどの剣士に育ててやったのは、座り商売をさせる為ではなかったのだがのう」


「いえ、大先生、これはお恥ずかしい限りで、その」


 スキット中年は、ふぅふぅ、と息を漏らしながら、額の汗をハンカチで拭う。上物のシャツが肌に張り付いているのは、この蒸し暑さの為だけではなかろう。


 かつての弟子にとっては、目の前の、温和そうな老人も、間違いなく、悪鬼の現し身、とまで恐れられた「石火」のヒョーエ。


 当時のままなのだ。


「うはは、良い、良い、お前さんの、嫁御の手料理は抜群だからな、また二人で遊びに来なさい」


「えぇ、家内も喜びます」


 たぶん。


 と、小さく呟いたスキットの声を、サクラは耳聡く聞き咎めた。


「ひょっとして、お尻に敷かれているのですか ?かかあ天下は家庭の安定、と言いますが、女性も、たまには、男らしく引っ張って欲しい時もありますので、あまり、おどおど、とした態度ばかりというのも、奥様が可哀想ですよ? 」


 お茶を出しながら、ずけずけと物を言う、一見可憐な少女に、スキットはたじろいだ。


「これ、サクラや、客人に無礼であろう……だがの、これでもこ奴は中々の遣手よ、夜の手練手管で、大店のひとり娘を誑かし、今では西町でも一二を争う大商人様じゃよ」

 

 わはは、と懐かしそうに笑う田ノ上に、スキットはびっしょり、と、かいた汗を拭きつつ否定する。


 サクラは、今ひとつ話が理解できなかったようで小首を傾げた、逆玉の輿、くらいに思っているだろう。


「相変わらずお人が悪い、しかし大先生、今日はあまり、のんびりとも出来ぬのですよ、それに楽しい話でも無いのです」


「む? 」


 遅まきながら、田ノ上老は気付いた。


 このスキットという男、元は道場に出入りする行商人だったのだが、護衛を雇う金が無い、というので、戯れに、自衛の技を教えてやっていたのだ。


 ところが、いざやらせてみると、これがいかにも。


(まるで、才が無い)


 のである。


 興味を無くした田ノ上老であったが、言いつけはきちんと守り、ただひたすらに、棒を振り、先輩連中に叩きのめされても、泣き言も言わずに立ち向かう。


 性格もほがらかで、相手のつぼ、を心得た話術も上手い。


 いつしか、スキットは、田ノ上ヒョーエの、最も可愛がる弟子となった。


 その男が、これほどに緊張し、いかにも居心地の悪そうな顔を見せているのだ。無沙汰の気まずさ、だけではあるまい。


「ふぅむ、どれ、話してごらんよ」


 雰囲気が変わったのを察し、サクラが背筋を伸ばす、着替えを終えたリチャードも挨拶に現れるなり、その様子に気付いたのだろう。


「大先生、僕たちは席を外しましょうか?」


 空気が読めるうえに、気配りもできる美少年に、余計な事を言うな、と、サクラが視線だけで文句をつけるが。


「良い、お前達に働いて貰う事もあるかも知れぬ…同席させるが、構わぬな?」


 田ノ上老に言われてしまえば、スキットに断る事はできなかった


「荒事になりますが……」


「望むところです、リチャードの相手ばかりで、最近身体が鈍ってむぅ」


 リチャードに口を押さえられたサクラは、何故だか少し顔を赤らめ、彼の手を、ぴしゃり、と叩いて、唇を尖らせる。


 そんな二人のやりとりを横目で見やり、少し不安げに、スキット中年は語り始めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ