死剣 人取り 7
田ノ上道場に、久しぶりの来客があったのは、そろそろ湿気で道着が、えも言われぬ、香りを放ち始める時分、の昼下がり。
今日もリチャードを叩きのめし、満足げなサクラが、案内をすると。道場主である、田ノ上ヒョーエは、破顔してその客を迎えた。
「おぉ、おぉ、誰かと思えばスキットかえ、久しぶりじゃの、よう来た、よう来た」
スキットと呼ばれた男は、上背は無いものの、丸々とした固肥りで。少し薄くなっている髪を丁寧に撫でつけた、身なりの良い中年だった。丸い童顔の為に若く見えるが、四十代だろう。
柔かな笑みが、周囲の雰囲気まで丸くしてしまいそうな。
それが、サクラの第一印象であった。
「また、少し太ったか? 全く、儂が、お前をひとかどの剣士に育ててやったのは、座り商売をさせる為ではなかったのだがのう」
「いえ、大先生、これはお恥ずかしい限りで、その」
スキット中年は、ふぅふぅ、と息を漏らしながら、額の汗をハンカチで拭う。上物のシャツが肌に張り付いているのは、この蒸し暑さの為だけではなかろう。
かつての弟子にとっては、目の前の、温和そうな老人も、間違いなく、悪鬼の現し身、とまで恐れられた「石火」のヒョーエ。
当時のままなのだ。
「うはは、良い、良い、お前さんの、嫁御の手料理は抜群だからな、また二人で遊びに来なさい」
「えぇ、家内も喜びます」
たぶん。
と、小さく呟いたスキットの声を、サクラは耳聡く聞き咎めた。
「ひょっとして、お尻に敷かれているのですか ?かかあ天下は家庭の安定、と言いますが、女性も、たまには、男らしく引っ張って欲しい時もありますので、あまり、おどおど、とした態度ばかりというのも、奥様が可哀想ですよ? 」
お茶を出しながら、ずけずけと物を言う、一見可憐な少女に、スキットはたじろいだ。
「これ、サクラや、客人に無礼であろう……だがの、これでもこ奴は中々の遣手よ、夜の手練手管で、大店のひとり娘を誑かし、今では西町でも一二を争う大商人様じゃよ」
わはは、と懐かしそうに笑う田ノ上に、スキットはびっしょり、と、かいた汗を拭きつつ否定する。
サクラは、今ひとつ話が理解できなかったようで小首を傾げた、逆玉の輿、くらいに思っているだろう。
「相変わらずお人が悪い、しかし大先生、今日はあまり、のんびりとも出来ぬのですよ、それに楽しい話でも無いのです」
「む? 」
遅まきながら、田ノ上老は気付いた。
このスキットという男、元は道場に出入りする行商人だったのだが、護衛を雇う金が無い、というので、戯れに、自衛の技を教えてやっていたのだ。
ところが、いざやらせてみると、これがいかにも。
(まるで、才が無い)
のである。
興味を無くした田ノ上老であったが、言いつけはきちんと守り、ただひたすらに、棒を振り、先輩連中に叩きのめされても、泣き言も言わずに立ち向かう。
性格もほがらかで、相手のつぼ、を心得た話術も上手い。
いつしか、スキットは、田ノ上ヒョーエの、最も可愛がる弟子となった。
その男が、これほどに緊張し、いかにも居心地の悪そうな顔を見せているのだ。無沙汰の気まずさ、だけではあるまい。
「ふぅむ、どれ、話してごらんよ」
雰囲気が変わったのを察し、サクラが背筋を伸ばす、着替えを終えたリチャードも挨拶に現れるなり、その様子に気付いたのだろう。
「大先生、僕たちは席を外しましょうか?」
空気が読めるうえに、気配りもできる美少年に、余計な事を言うな、と、サクラが視線だけで文句をつけるが。
「良い、お前達に働いて貰う事もあるかも知れぬ…同席させるが、構わぬな?」
田ノ上老に言われてしまえば、スキットに断る事はできなかった
「荒事になりますが……」
「望むところです、リチャードの相手ばかりで、最近身体が鈍ってむぅ」
リチャードに口を押さえられたサクラは、何故だか少し顔を赤らめ、彼の手を、ぴしゃり、と叩いて、唇を尖らせる。
そんな二人のやりとりを横目で見やり、少し不安げに、スキット中年は語り始めた。




