死剣 人取り 6
「……なんで、人間には予知能力がないんだろうな、おかしいだろ、見せろよ、困るだろ」
御用猫は神を呪った。
戻りたい、あの頃に。
「森エルフの長老あたりは、未来が視えるらしいですよ」
「お前はちょっと過去に飛んでくれないかなぁ」
幼い頃から教育し直せば、多少は人間らしく。
いや、と、御用猫はかぶりを振る。
それは、余りにも不遜な考えではないか、と。
それに、そもそもが。
この女は、生粋の雌悍馬、飼い慣らす事は不可能なのだろう、なんの因果か忍の里に生を受け、厳しい調教の末に、さらに狂って、ねじ曲がったのだ。
そうに違いない。
人の手には余る怪物なのだ。
「あの」
申し訳なさそうに袖を引くカンナの声で、御用猫は現実へと帰還した。
俯いていじける少女の姿からは、昨今、クロスロードの裏社会で、噂になり始めたという、謎の女首領、の端切れすら感じられない。
腕力、頭脳、財力、権力、能力も地盤も、彼女には何も無かった。
一つだけ、他者より優れていたのは。
「人を見る目」
その者が、信ずるに値するのか、能力があるのか、成功するか。
そういった、千里眼じみた、相手を見通す何かを、彼女は備えていたのだ。
生まれつきか、過去の体験から身に付けたものか。
当初は、単に、御用猫から預けられた資金を増やす為だった。
先代の放蕩で身代の傾いた、古い廻船問屋を身請けし、そこでくすぶっていた、有能な番頭に資金を預け、代表に据える。
あっという間に店は立て直された。
御用猫の旧知である、女の情報屋連中を使い、他店を出し抜き、ぐいぐいと、縄張りを広げる。
もちろん、競合相手からの妨害を受けた、しかし、地場の任侠やくざを頼ろうにも、すでに利権の繋がりは固く、逆に法外な地代を請求されたのだ。
悩んだ末にカンナが目をつけたのが、志能便の一族だった。北陵戦役以来、大きな戦のないクロスロードで、主力御庭番衆から外された「蜂」と呼ばれる忍者衆。
隠れ里を訪ねさせ、交渉の末、これを雇い入れると、南町の大やくざ「男爵ヘイロン」の一味と、戦争じみた闘争を行い、裏口組合を仲裁に、手打ちをしたばかりであった。
「もっとも、カンナ様はもう殆ど関与してませんので、今はウチの「女王蜂」が影武者として、組織を管理運営してるんですよ」
面白くなさそうに、みつばちが話しを纏める。
手打ちも作戦のうち、最初に力を見せて、今は、裏から徐々に支配力を増す途中なのだと。
御用猫は、今聞いた事を、総て忘れる事にした。
何やら最近、裏社会が騒がしかったのはこのせいか、と納得は出来たが、とりあえず忘れるのだ。
まずは食事をして、それからカンナを抱こう、ちょっとしたお仕置きがてら、猿轡でも噛ませば、大人しくなって一石二鳥というものだ。
「そうだな、そうしよう」
「あの? 先生? 」
請われるままに話はしたが、今ひとつ、自身の敬愛する、御用猫の表情は優れない。
どうしたものかと、狼狽えるばかりのカンナを放置する、この際、多少の仕返しは許されるはずだ。
先程から、さりげなく、膳の物を摘み食いする、みつばちの手に爪楊枝を刺しながら御用猫は。
(記憶を消す呪いってあったかなぁ)
などと考えていたのだった。




