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御用猫  作者: 露瀬
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桜花斉唱 19

「なんたる、野蛮な! 」


「殿下の御前でなんという真似を」


「騎士どころか、貴族としての品格を疑われますぞ! 」


 カエッサ陣営は、まるで火が降ったような騒ぎである、確かに学生同士とはいえ、御前試合の決着が素手の組打ちでは、些か無礼に過ぎるであろうか。


「黙れッ! 」


 アドルパスの大音声が、闘技場を震わせた。


「御前であるぞ」


 電光の騎士に、それ以上は言わせぬ、と無言の圧力を込められてしまっては、もう観客にも固まる他は無い。


「それに、まだ勝負は終わっておらぬ」


 その言葉に、観客席のリリィアドーネは耳を、そして目を疑った。


「まさか」


 フィオーレは人中に拳を打ち込まれ、確実に意識が飛んだ倒れ方をした筈だったのだが。


「ふうむ、向こうの少女にも火が入ったか? いや見事、見事よ、これは、すこうし、分からなくなったのぅ」


 どこか楽しそうに、田ノ上老が笑う。


(どこが、楽しいというのだ)


 リリィアドーネは試合場に目を戻す、我知らず両手を握っていた、もう八百長もなにもないだろう。


 跳ねるように起きたフィオーレは大きく距離を取り、即座に鼻から血を抜いている、美しい顔が台無しではあるが、そもそも最初から、互いにそんな事は気にもしていないだろう。


 だが、消耗負傷はあれども、地力ではフィオーレがやはり上なのだ、倒れるまでの動きも、起き上がってからの対応も、テンプル騎士であるリリィアドーネの目から見てさえ実に見事なものであったのだから、学校での評価は互角であったというが、実際の剣力けんりきにはかなりの差があるだろう、奇襲など二度と通じまい。


「随分と、野生的な戦い方を覚えましたのね? 」


 投げ捨てた木剣を拾うサクラを見ながら、ずずっ、と残りの鼻血を啜り、フィオーレがどこか楽しげに笑う。


「常在戦場の心得、と呼びます、平和なクロスロードで忘れ去られた、いくさのっ!?」


 サクラの言葉の途中で、フィオーレは盾を投げた。


 慌てて弾く彼女との間合いを一気に詰め、わざと大きく打ち込むと、それを受けようとした少女の木剣を、鍔迫り合いのような体制から捻って下に押し込み、その勢いを利用して、無防備なサクラの顔面に下から頭突きを入れた。


 サクラが、ぷぅっ、と血の混じった息を漏らす。


 よたつきながら距離を取り、サクラがフィオーレを見やると、彼女はなんとも楽しげな笑顔のままで。


「お返しですわ」


 その瞬間、サクラの中で何かが切れた。


 乱暴に木剣を投げ捨てると拳を握り、少女は組打ちの構えを見せたのだ、笑いながらもそれに応えるフィオーレに、真正面からサクラが拳を叩き込む。


「いつもいつも、上から目線で見下して! 勝負事に手を抜かれる屈辱! 貴女に分かるのですか! 」


 フィオーレは大きくたたらを踏んだが、震える膝を叩いて気合いを入れると、間合いを詰め。


「分かる訳ない! わたくしは、何時もひとりでした! 」


 一撃。


 良いところに入ったのだろうか、サクラが簡単に膝をついてしまう。


「隣には誰も居ない、皆がわたくしを避ける、届かないと諦めて、違うのだと理由を付けて、同じ人間でしょうに! 」


 ぐい、と襟首をつかんで、フィオーレはサクラを立ち上がらせる。


「貴女も! 」


「違う! 」


 その立ち上がる勢いのままにサクラは両足を踏みしめ、ごっ、と額を打ち付ける、顎に頭突きを受けたフィオーレが、後ろに大きく仰け反った。


「私は諦めてなんかいません! いつか貴女に並ぶ為に、超える為に」


 頑張っているんです、と叫ぶサクラの目には、いつしか涙が滲んでいた。今までの悔しさを思い出しているのだろう、この真っ直ぐな少女は手加減されていると知りつつ、それを堪えていたのだ、指摘するのは簡単であるが、文句を言うのは容易いが、その前に自らが精進し彼女に並ぶべきだと、そう考えていたのだ。


「違う! 分かってない! 」


 少女二人は、ただ、がつがつ、と殴り合う。


 お互いに掴み合ったままだが、そそそろ膝が笑っているようだ、限界も近いのだろう。


 余りの出来事に声も掛けられぬ観衆の中、ごりっごりっ、と鈍い音だけが、やけに大きく響いていた。


「分からないのは、フィオーレの方です! 」


 手を離せば崩れ落ちてしまうだろう。


「違う! 違う! 」


 頭を打ち付け、拳を打ち付け、少女達の対話は続いていた。


「そんなの望んでない! 欲しくない! 私は特別なんかいらない! 普通でいいの! 」


「っ、さっきから、ぐちぐちと! 何言ってるのか分かりません! 言いたい事があるなら……」


 サクラは渾身の、最後の力を込めて、右手を振り抜く。


「はっきり言えーッ!! 」


 平手打ちである。


 ばしーん、と技場内に乾いた音が響き渡ると、一瞬、惚けたような顔をしてフィオーレは、両目からぽろぽろ、と涙を溢し始めるのだ。


「わだし、わたしわっ! ただ、あなたと! 」


 覆いかぶさるようにフィオーレが縋り付くと、サクラの膝が抜けた。


「ともだちになりたいの! 」


 受け身も取れずに倒れたサクラは顔側で砂を舐める、縺れあうように倒れた二人は、もう動けないだろう、この勝負は終わりを迎えたのだ。

 


「……馬鹿」


 何度も荒い息を吐き出し、サクラはようやく言葉を紡ぎ出した。


「馬鹿ですよ、フィオーレ」


 血と涙でくしゃくしゃになったフィオーレの頭に、そっと手を載せると。


「私は、最初から……友達だと思ってました」


 抱き合ったまま動かない二人を見て、立会人である「電光」のアドルパスは頭を掻くと、丸太のように太い腕を組み、大きく叫ぶ。


「ええぃ、この試合は没取とする! ……うるせぇ散れ散れ! 見せもんじゃねぇぞ! 殿下! 宜しくありますか! 」


 先ほどまでの、雄々しくも典雅な響きの声とは違い、まるで野獣の咆哮である、おそらくこの大英雄は余所行きの声を作っていたのであろう。しかし王女達はそちらも聞き慣れているものか、特に咎めることもなく、むしろ笑顔で頷くと、アルタソマイダスに先導されて退出してゆくのだ。


 意識を失った二人の元に治療術師が駆け寄ってゆく、田ノ上老とリリィアドーネも試合場に降りた。


 あれ程に美しかったフィオーレの顔は腫れ上がり、見る影もないだろう、サクラの方も、呆れるほど酷い顔をしている。


 だが二人共、なんと。


(なんと良い笑顔だろうか)


 リリィアドーネは、眼頭が熱くなるのを感じながら思った。


 お互いが何を思い、どこですれ違っていたのかは分からない、しかし、すれ違っていたのだと、そうだと分かってしまえば、あとの問題など些細なことなのだ、雪解けのように解決するだろう。


 ただ少し、春の訪れが遅かっただけ。


 この二人ならば、そうであろうと。


 リリィアドーネはついに、ほろりと、涙をこぼしたのだ。



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