桜花斉唱 18
天覧試合用とはいえ、屋内闘技場の天井は、簡素なものであった、そもそもここは騎士同士の腕競べの場であり、過度な装飾はむしろ、不謹慎だとさえ捉えられるのだ。
なので、飾り気の無い石膏で塗り固められた天井を眺めながら、フィオーレはぼんやりと考えていたのだ、周囲の様子はよく分からないが、何やら騒然としているだろうか。
(どうせ、またなにか、父が仕出かしたのだろう)
フィオーレは不快感を覚えた、父は昔からそうであったのだ、過剰なまでに娘を持ち上げ、自慢し、他人を卑下する。それは自分の力では無いだろうにと、何度口から出そうになったか、これ以上自分の人生に干渉しないで欲しいと、何度訴えそうになったか。
しかし、その度にフィオーレは「我慢」をした。
自分はまだ子供である、いくら神童だ、などと持て囃されようとも、一人では何も出来はしないだろう、父の庇護の元に生きる以上は父を尊重しなければならない、それが当然だと思っていたし、彼女は今もそう思っている。
フィオーレは、全くの優等生であったのだ。
しかし。
(不快だわ)
ひょっとするとこの不快感は、口内に広がる鉄の味の所為なのか。
(……これは、血の味? )
そう思い立った瞬間、彼女の記憶が、堰を切ったように戻ってくる。
試合開始の合図と同時にフィオーレは飛び込んだ、方針は単純明快である、サクラの斬撃が右からくれば剣にて打ち落し、盾で叩く、左からくるならば盾で受け、剣にて打ち据える。
心技体、総て自分が上回っている、そう確信するからこその、単純な策。
果たして、サクラの打ち込みは右から、左手一本の面打ちであった。少々間合いが遠いが、為すべき事に変わりは無いだろうと、フィオーレは彼女の打ち込みを剣でいなそうとしたのだが。
(重ッ!?)
どっ、と、肩口に衝撃が走る。
サクラは左手で振った木剣が受けられた瞬間、上段に残した右手を握り込むと、追いかけるように自らの剣の柄へと叩きつけた。どれ程腕力があろうとも、一度力を込めた後に、予想外の加重があれば耐えられない、相手の非力さを良く知るフィオーレならば尚更であろう、彼女は剣を受け損なったのだ。
田ノ上念流「鉄槌」という。
戦闘中である為か痛みは感じない、しかし木剣をまともに貰ってしまったのだ、右手が十全に使えるかどうかは分からないだろう、一先ずは左手の盾で押し返し、距離をとらねば、とフィオーレは考える。予想外の展開を受けても彼女は冷静に対処ししていた、しかし次の瞬間、目の前にある、縦に伸びた一条の黒髪を見て、一瞬だけ思考に穴が空いてしまった。
(…下から!)
気付いた時には胸に衝撃を受け、肺から息を吐き出してしまった、それでも、ぐっと堪えたフィオーレの、その右足の爪先を、サクラは左足で踏みつけた。
少女は右の拳を固く握り締めている、木剣など既に手放していたのだ。
それを、全力で相手の顔面に振り抜く。
ごりっ、と鼻の軟骨が潰れた感触を、フィオーレは確かに感じた。
そのまま彼女は、ゆっくりと仰向けに倒れる。
ぴん、と伸びた背筋が、どこか人形のようであった。




