桜花斉唱 17
試合は、観覧試合用の中央闘技場で行われた。
今回は騎馬試合用の屋外大規模闘技場ではなく、屋内の円形闘技場を利用しているのだが、これは試合が一件だけということの他に、あまり大っぴらに報知できぬ内容だから、という側面の方が強いであろうか。四百平米程の真砂土を敷き詰めた試合場、その周りを囲うように、一段高く観客席が設けられている。
見届け人として試合を取り仕切るのは、テンプル騎士団総団長「電光」のアドルパス、客席にはマイヨハルト駐屯騎士団団長とカエッサ内務大臣が、それぞれの取り巻きを連れて座り。
そして貴賓席には「剣姫」アルタソマイダスを護衛に引き連れ、現国王の実娘、シャルロッテとシファリエルの両王女が、豪華な座席に見合わぬ華奢な腰を浅く掛けていた。
ただの学生試合でないとはいえ、その余りにも大仰な顔触れに、リリィアドーネは唾を呑み込む
「付添人は技場の外へ」
アドルパスは田ノ上老を一瞥し、ふん、と鼻を鳴らす、クロスロードの大英雄たるこの騎士は、見上げるような巨漢であった。日焼けした肌には無数の傷跡、これでもかと制服を持ち上げ隆起した筋肉、そして癖の強い赤髪を乱暴に撫でつけた厳つい顔は、果たして獅子か熊か、はたまたその合いの子かとさえ思えるだろう、だが、見た目から彼を鈍重な戦士だと判断した者は、次の瞬間には訪れるであろう死の間際に、その二つ名の意味を理解することになるのだ。
リリィアドーネと田ノ上老は客席に上がる、去り際に声をかけたのだが、サクラに緊張した様子は無いようだ、田ノ上老とは僅かに目を合わせただけであったのだが、それはむしろ、互いの信頼を表しているようで。
(少し、いいな)
と、彼女は羨んだ。
剣技というものを、父の見稽古で会得したリリィアドーネに、師と呼べる存在は居ない。
その父すらも、今は亡いのだが。
ふと見ると、フィオーレ側の客席に何やら慌ただしい動きがある。そもそも、サクラが会場に辿り着いた事が自体が想定外なのだ、慌てるのも無理のない話ではあろうか、リリィアドーネは、そちらにたっぷりと侮蔑の視線を送ってから試合場に意識を戻した。
「両者、殿下に宣誓を」
アドルパスの、良く通りはするが意外に落ち着いた典雅な声が響く。
「我ら、殿下の御前に武技を披露し」
「正々堂々と、立ち合う事を誓います」
『未来の剣礼にかけて』
シャルロッテが立ち上がり軽く右手を挙げると、彼女らは王女に深く一礼し、向き合ってから三歩下がった。
「構えよ」
しん、と場内が静まり返る。
フィオーレは左手に小ぶりの丸盾と、やや短めの木剣、盾を前に出して基本の構えをとる、しかし、それに対するサクラが右上段に大きく構えたため、彼女は内心にて訝しんだのだ。自分の知るサクラは、足捌きと剣捌きで相手を翻弄する、流麗な剣が信条であったはずなのだが、と。
嘘か真か「石火」のヒョーエに弟子入りしたとは聞いていたのだが、これは小兵のサクラに取らせるような構えではないだろう、指導者としては、まるで才能がないと言える、仮に何かしらの策があるとしても、この短期間では所詮付け焼き刃に過ぎぬのだ。どちらにしても「石火」の偽物である可能性は高いだろうと彼女は考える。
フィオーレは怒りから木剣を強く握ったのだが、その感情はすべて、目の前に居る少女の情け無い姿にではなく、今回の策謀を巡らせたであろう彼女の父と田ノ上ヒョーエ、そして彼女自身に向けられていた。サクラがこのような状態にまで追い込まれてしまったのは、自身にも責任の一端があるだろう、と考えたのだ。
(こんな試合、直ぐに終わらせないと)
上手く負ける、それはいい、ただその前に、少し分からせるだけ。
ひゅっ、と一度小さく息を吸うが、肩は全く動かない、相手に呼吸を悟らせぬよう見事に鍛えられている。
(この一呼吸分で、終わらせる)
「はじめい!」
フィオーレは無挙動から、一気に飛び出した。
その勢いで流れた彼女の髪は、どこか強風に窄む花のように見えたであろうか。




