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御用猫  作者: 露瀬
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桜花斉唱 15

 色々と買い物を済ませた御用猫達は、一路田ノ上道場に向かう、ロシナン子に揺られるこの旅も、存外、悪くないなと御用猫は思い始めていた。梅雨に入るのも、もう少し先のことだろう、穏やかな風と光に運ばれた眠気が、彼の瞼を、ひくひく、と震えさせる。


「ふぁ……」


 珍しくも、リリィアドーネが小さな欠伸を漏らす、そういえば随分と早起きをしていたか。


「少し寝とくか? 」


「ううん」


 彼女はゆったりと首を振り、そのまま、ことん、と御用猫の肩に頭を預けてくる。


「でも、少し、このままで」


「なんだ、今日は甘えたい日なのか? 」


「ふふ、そうかもな」


 くつくつ、と笑うリリィアドーネは、確かに美しい少女である、こうして棘のない裸の笑みこそが、本来の彼女の姿なのだろうか、御用猫はしばし動きを止め、不覚にもそれに見惚れてしまうのだ。


「素直なのが、良いのだろう? 」


 だから甘えるのだと上機嫌な笑顔は、真昼に星でも降る様であった。


 因みに御用猫は、甘えたい日にはマキヤを指名する。


「おい」


 不穏な視線を首筋に感じた御用猫は、慌てて首を振ると、不埒な心覚えを頭の中から追いやるのだ。


「全く、二人きりの時くらい、わ、私だけを見ても、良いではないか」


「二人きりじゃありませんけど? 」


 にゅっ、と、背後の荷台から現れたチャムパグンの声に、リリィアドーネは悲鳴をあげた。



 田ノ上道場では、リチャードとサクラのぶつかり稽古が行われていた、もちろん真正面からの力比べではサクラのほうが不利であったのだが、田ノ上老は、あえてそれを命じている。少年の方も二年に渡る基礎鍛錬から、ついにまともな地稽古を許されたらしく、随分と熱の入った様子であった。



 朝早く起床し、精神統一の為に黙想と棒振り稽古。


 午前中を費やす、ぶつかり稽古のあとは、昼食前に道場の掃除、炊事洗濯。


 午後からは型稽古と走り込み、相変わらずの棒振り鍛錬。


 夕食を終えると、田ノ上ヒョーエとの掛かり稽古を行い、道場の掃除をしてから、風呂で汗を流し。


 リチャードとサクラは寝る前に、互いについての意見を出し合うのだ。


 この生活を続けて二週間が過ぎてた。御用猫達が顔を出すたびに、なにか稽古が激しさを増している様な気もするのである、触発されたリリィアドーネは、私たちもと執拗に彼を誘い、強引に稽古場に連れ出すのだ。


(正直、参ってしまうな、これは)


 御用猫は、たまに冷やかしに来ては、田ノ上老と酒を飲む、その程度の心積もりであったのだが、こうも過酷な稽古に付き合わされてしまったのでは、サクラを守るという仕事に差し支えるではないか。


 そんな理由をつけてリリィアドーネを説得しよう、などと御用猫が思い始めていた頃に、サクラとフィオーレの試合を告げる報せが城から届けられた。


「どうかの、サクラや、勝てると思うか?」


 稽古場で円座に座る皆の前、田ノ上老はサクラに問いかける。


「正直、分かりません、もちろん勝ちたいとは思いますが、その……何というか」


 珍しくも、言葉に詰まったように口ごもるサクラであったが。


「……少なくとも、もう、怖くはありません」


 きっぱりと告げたその顔は、実に晴れやかであった。


「うむ、良い顔をするようになったな、当日は儂も立ち会おう、安心して剣を振るうが良いぞ」


「はい! 」


 目を輝かせて返事をするサクラは、あれ程に胡散臭いだの、信用出来ないだのと文句を付けていたのが嘘のように、すっかり田ノ上老に心酔してしまったようだ。


「サクラ、頑張って、試合場には行けないけれど、僕も応援しているよ」


 リチャード少年が、ふわり、と笑う。


「余計な心配は無用です、リチャードはせめて、私から実力で一本取ってから言ってください、もちろん、応援してくれた事には感謝しますし、多少はときめきますが、そういった甘い台詞は、きちんと騎士の叙勲を受けてからにして欲しいものですね」


「そうだね、そうするよ」


 本気なのかどうなのか、まぁ、若いというのはいいものだろう、そんな事を思いながら御用猫は、どうにも枯れてしまった自分の感性に苦笑したのだ、歳も覚えぬ野良猫だが、物心ついてから二十年程、世間的には、まだ若いはずなのだろうに。


「先生ぇー、お腹が空きました、今日は鯉を貰ってた筈です、焼くんですか、煮るんですか」


 とりあえずなんかくれ、と御用猫の膝の上でぐったりするチャムパグンの口に人差し指を差し込み、ちゅうちゅう、と指を吸うエルフの頭を撫でさする。


「それじゃ、飯を食う前に、来週までの段取りを説明しとこうか」


 すでに、田ノ上老とは色々と打ち合わせをしていた、下準備に関してもカンナとの繋ぎは取れている、ただひとつ問題があるとするならば、これらが総て、ただ働き、というところにあるのだが。


 不思議なことに、野良猫の気分は悪くない、悪くないのだ。


「そうだな、たまには、悪くないか」


 そうやって笑う御用猫を、サクラとリリィアドーネが冷たく眺めている。


「子供に指を吸わせて喜ぶとか、真性の変態ですね、見損ないました、まさかとは思いますが、リリアドネ様にそういった趣味嗜好を強要しているのではないでしょうね、呆れ果てて物も言えません」


「……卑猥」


 困ったように左右をみるリチャードと、声をあげて笑う田ノ上老を見ながら。


(やはり、金は取ろう)


 御用猫は誓った。



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