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御用猫  作者: 露瀬
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未だ名も無き御用猫

夜は、狩りの時間なのだろう


暗闇を恐れる者は、狩られる側なのだろう


人が夜の闇を恐れるならば


やはり、猫は狩る側なのである




 王都クロスロードといえども、深夜を二つも針が廻れば、その姿をがらり、と変える。


 南町の裏三番通りともなれば、魔力光の残る街灯もまばらであり、時折吹き抜ける春の温い夜風が街路樹を揺らすのみであった。


 で、あったはずだった。


 舗装の行き届かぬ真砂土の街路を踏み鳴らし、二つの影が疾走する。


 いや、先を駆ける者は疾走と呼ぶには、いささかながら不恰好であるか。


 長屋の角を柱に捕まりながら直角に曲がり、積み重ねられた水桶を盛大にぶちまけ体勢を崩すと、四つん這いの様に指先を地面に擦らせながら、なんとか走り続ける。


 息も絶え絶え、まさに這々の態、といったところか。


 それを追う、滑る様に走る影。


 吐き出す息は一定の調子を刻み、力強く回転する両脚のはたらきは肉食獣を思わせた。


 不意に、ごっ、と鈍い音を夜に響かせ、獲物の方が地面を転がる。


 燃料切れで消えていた街灯が、その衝撃に掻き混ぜられ、息を吹き返した魔力で再び火を灯したものか、ちりちりと揺れる光を街路に落とす。


「畜生ッ」


 それに照らし出された大柄な男は、手入れの行き届かぬ山髭に唾を絡ませ、数時間に及ぶ逃走劇と、己の人生に終止符を打ったであろう、忌まわしい街魔灯に呪いの言葉を吐きだすのだ。


「観念、ふう、してくれたかね? 」


 一度の言葉切りで息を整えた追跡者が、ゆっくりとした歩みで声をかける。


「指切りのポンティアク、さん、だよな」


 ポンティアクと呼ばれた男は、がばと半身を起こし、違う、違うと首を振ると、ばたばたと手足を動かし後ずさる。


 その分ほどに近づいてきた捕食者が、最期の残り火を揺らす街灯の下に現れた。


 一点を除けば、特徴の無い男だった。


 黒髪黒目、中肉中背。


 黒い皮の戦闘服に身を包み、左の腰に大小を差し込んでいる。


 文化のるつぼ、とも謳われるクロスロードにおいて、特に珍しくも無い風体だ。


 顔面の、大きな向こう傷を除けば。


 左の眉から鼻の中心を抜け、右の頬まで続く刀傷。


 引き攣れていないのは、呪いによって治療したからか。


 一度でも目にすれば、忘れる事は無いだろう。


 噂に聞けば、覚えがあろう。


 ポンティアクは後者であった。


「畜生ッ! 畜生め、御用猫か、畜生」


 今度こそ本当に自分の運の尽きを悟り、全てを呪うように悪態をつく。


 御用猫は賞金稼ぎだ、ここ最近名前を良く聞く若手の売り出し中で、仕事にしくじり、が無いのが評判だとか。


 三百万の賞金首であるポンティアクにとって、それはまさに死神との邂逅といえるのだが。


 しかし、まだ、手が無い訳でも無い筈だと、藁にもすがる思いで交渉を始めるのだ。


「まてまて、待てよ、四百、いや、五百出す! なぁ、いいだろう」


 幾度かの押し込みによって溜め込んだ金は盛大に遣い、ほとぼりの冷めるまで旅に出る、といった暮らしを続けてはいたが、その程度の隠し金はある。


 金に意地汚い賞金稼ぎならば必ず食いつくだろう、なにしろ、これ程楽な稼ぎは無いのだから。


「まぁ、無理に殺したい訳でもないんだよ」


 目の前の死神から返ってきた言葉は、彼にとって好ましいものであった。


 あった筈なのだが、ポンティアクには、死神の目に浮かぶ感情の色に、卑しいものも、欲なものも、まるで見てとれなかったのだ。


 持ちかけた取引に全く耳を傾けていないような、なにか心無い独り言のような。


「首だけ持って行くのも、正直、片付けが面倒だしな」


 ならば、ならば良いのではないか。


 金さえ入れば、そんな面倒をこさえる事もない。


 金はある。


 手元には無いが、仲間がいる。


 今仕込んでいる仕事が終われば、五百と言わず千でもいい。


「な、な! どうだ、どうだよ? 」


 そのような言葉を重ねに重ねて、ポンティアクは死神に慈悲を求めるのであったが。


「いや、歩かせるのも面倒だな」


「は? 」


 ポンティアクの思考は、半ば停止した。


 何を言っているのか、と。


 こちらは面倒よりも金、といった話をしてるのだ、なのに、この男は何を言っているのだ。


「何を……」


 ようやっと絞りだせた一言に、ああ、と死神は短く応えた。


「番所詰所まで歩かせるのはいいんだがな、逃げないように、付いて行かないと駄目だろう? 気を張るのも大儀だし、それなら首だけ運ぶのも大差無い気がしてきた」


 そこまで聞いても理解はできなかった。


 とはいえ、諦める事も彼にはできないのだ、なにしろ命が懸かっているのだから。


「金なら! 」


「どうする? 自分の足で歩くか、首で運ばれるか」


 そうだ、最初から聞いてもいないし、聞く気も無いのだ。


 雷に打たれたように、ポンティアクは気付いた。


「歩くか、首か」


 こいつは悪魔だ、死神などではない。


「歩くか、首か」


 ポンティアクの殺してきた人数は両手足の指でも足りない程だ、殺されかかった事も何度もある。


 強面はいくらでもいた、蛇のようにいやらしい奴もいた、裏の世界をなめ尽くした。


 だが、見た事がない、こんな奴は。


「歩くか、首かァ! 」


 神など信じてもいないポンティアクだったが、悪魔ならば実在する、そう思いすらした。


 思った時には、腰に下げた小剣を引き抜き。


「首か」


 その悪辣に塗れた人生の幕を閉じた。




 ごろり、と転がるそれの血が抜けるまで、どうするか、とりあえず身体を道端に寄せてしまおう、近所の家人を可哀想だが叩き起こし、数万握らせて番をさせよう。


 などと御用猫は考えながら、死体の上着を剥ぎ取り、丁寧に愛刀の血のりを拭いてゆく。


 今更、命を奪う事にためらいは無く、なんの感慨も覚えない。


 ただ、野良猫が生きるだけの事なのだ。





何の因果か野良猫稼業


未だ名前もありゃしない


雨にうたれて血にぬれて


どっこい今日も生きている


御用、御用の、御用猫




















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