桜花斉唱 14
「それは、八百長というものです! 」
だん、とテーブルを叩きかけたリリィアドーネの腕を、咄嗟に御用猫が掴む。危ない所であった、この高級そうな揃いの茶器を落としでもすれば、弁償額は彼の一仕事分にもなるだろう。
(どいつもこいつも、女騎士というのは少々ゴリラめいたところがある)
少しは見習って欲しいものだ、と例えを上げようとしたのだが、御用猫は、はたと気付くのだ、果たして自分の周りに「か弱い女性」なる者がいるのかどうか、と。
(……あれっ?)
もちろん見た目だけなら華奢で繊細な女性は多々居るだろう、例えば目の前のフィオーレだとか。しかしこの少女からも、うちに秘めたるゴリラの香りが、ぷんぷん、と漂っているのだ、御用猫は首を振ると、掘り下げるほどに切なくなる思考を放棄する。
「そう言われても仕方の無い事だとは思いますわ」
フィオーレ カイメンは優雅な仕草で紅茶に唇をつけると、ほぅ、と細く溜息をつく、彼女はまだ十三歳だと聞いていたが、その割には、なかなかに色気もあるだろうか。
「ですがわたくしは、まがりなりとも王族の端くれとして、自分が何を為すべきか、常に考えていました」
「それが、サクラに勝ちを譲ることだと? 」
御用猫の質問に、ええ、と短く答える。
「私が騎士として働くのと、王族として働くのでは、与える影響の大きさが違いますわ、それは即ち」
救える命の量が違う、と彼女は主張しているのだ、彼の隣では、眉根を寄せてリリィアドーネも唸っていた、納得はゆかぬがフィオーレの言う事にも確かに一理ある、これはそんな表情なのだろう。
「それに、御用猫の先生方にお願いしたいのは、この勝負を妨害……お恥ずかしい話なのですが、私の身内に、おかしな真似を企んでいる者がいるとの情報が……それを未然に防いで欲しいのです」
フィオーレの父方からの圧力なのだろうか、サクラの道場探しを邪魔し、それが叶わぬとなった今、さらに直接的な手段に走る可能性が高いというのだ、王族である娘が近衛騎士に抜擢されたとなれば、父としても確かに名誉なことではあろう、しかしこれは、なんと杜撰で短絡的な陰謀か。
「それは分かりました、私の剣にかけてサクラは守りましょう、しかし、それとこれとは別の話です、勝負はやってみなければ分かりません、両者の腕前は互角と聞いておりますが、サクラは今、剣士として一皮剥けたところなのです」
「いいえ、分かりますわ」
御用猫には、少し俯くフィオーレの目に、なにやら哀しげな色が見えた気がした。
「昔から、そうでしたから、ずっと」
そしてその言葉を聞けば、なるほど、と彼は納得するのだ、もしも本当に両者の剣力が互角ならば、確かに勝負は水物だろう、しかし、サクラはあれ程に勝利への手掛かりを欲していた、それはやはり、どこか心のうちで理解していたのだろう。
手を、抜かれている、と。
あの、思考と発声の直結したようなサクラが随分と辛抱していたものだ、なればこそ今回の試合に臨む意気込みは如何程のものか。少女の心中を察した御用猫は何事かをしばし考え、そしてフィオーレに視線を合わせると、にやり、と笑ったのだ。
「よく分かった、精々、ばれない様に手心を加えてやってくれ」
「おい! 」
不平の声をあげるリリィアドーネを片手で制すと、御用猫は身を乗り出す。
「もちろん、サクラには何も言わない、彼女におかしな真似をする輩は、責任を持って排除しよう」
「よろしくお願いします」
平民相手に深々と頭を下げるフィオーレを見て、御用猫は少し驚いた、隣ではリリィアドーネも何やら慌てた様な、わたわたとした動きを見せている。
フィオーレの本心は分からない、分からないのだが、おそらくは両者ともにそうなのだろうと、ひとつの結論を導き出した御用猫は、少し笑った。
(どうにも、こうにも、皆不器用な生き方しか出来ないものだ)
まぁ、自分が言うのもおかしな話だが、と心の中でひとりごち、御用猫は立ち上がる。未だ、どこか納得のいかない様子で、ぷりぷりと先に歩き出すリリィアドーネの背中を見やると、そっとフィオーレに告げた。
「どうせ、姫さま方が一枚噛んでるんだろう? あまり面倒ごとを投げてくれるな、と伝えておいてくれ」
驚いた様に、大きく目を開いた彼女に。
「あと、これはお前さんに忠告なんだが、思ってることは素直に伝えてやれ、でないと……馬鹿には届かないぞ」
それだけ言うと御用猫も中庭を後にする、表に繋がる渡り廊下の先には、腕を組んで不機嫌そうに足先で調子をとるリリィアドーネが彼を待っていた、後ろに控える案内人達にも、それは充分に伝わっているのだろう、みな心なしか居心地が悪そうだ。
「なんの話しをしていたのだ? 」
「リリィは素直で可愛いよって話だな」
そろそろリリィアドーネの固まり芸にも慣れてきた御用猫は、彼女の手を引いて歩き始めるのだ。




