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御用猫  作者: 露瀬
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桜花斉唱 12

(少し、調子に乗り過ぎた……)


 まだ昇ったばかりの朝日が柔らかく街を照らしていたのだが、それすらも今の御用猫には、なにか自身を責め立てているようにも感じるだろう。あの後、ウォルレンのお勧めだという金髪で豊満な身体をもつ嬢を含めて三人の娼婦を呼び、彼らは小宴会の如く騒ぎ、料理と酒を、その後別室へと篭り、たっぷりと一夜の淫蕩を愉しんだのだ。


 結局、支払いは全て御用猫が行った、手持ちの白金貨は無くなってしまったのだが、それは問題無いだろう、過去の仕事で得た彼の資産にはまだまだ余裕があるし、基本的に独り酒の御用猫にとって、大人数で、わいわいと騒ぎ立てるのは、滅多にない経験でもあったのだから。


(まぁ、楽しくはあったな)


 目覚ましの為に井戸から組み上げた水を頭から被ると、昨夜を共にした娼婦が、甲斐甲斐しくも全裸の御用猫を拭き上げてゆく、臥所での業もそうであったが、この店の従業員は随分と教育が行き届いているものだと、御用猫は感心するのだ。


 部屋に戻り、下着と皮の戦闘服を身に付けてゆく御用猫は、朝の身体を解しながら上機嫌にて首を鳴らした。


「なんだか、暑そうなお召し物ですね」


 着替えを手伝ってくれた金髪の娼婦が、そのような疑問を口にする、確かに今の季節、彼の出で立ちには違和感を覚えるやもしれぬ、厚手の黒皮を加工した上下に、手袋ブーツに至るまで黒揃い、御用猫自慢の一張羅なのだ、これは彼の友人である黒エルフが作成したもので、呪いにより、防刃、防熱の効果がある。


 防熱の呪いが内部温度を保つ為、季節を問わずに着用できるのだが、ジャケットとズボンの裏地には梵字にも似た異様な紋様が、びっしりと描き込まれているのだ、しかし実に不気味な風体ではあるだろう、この嬢も、御用猫の服を脱がそうと最初に目にした時は、切るような悲鳴をあげたのだ。


「ありがとな、連れの二人は適当に帰しておいてくれ」


 御用猫は一夜の恋人の頭を軽く撫でると、この店にはまた来ようと心に決める。


 それからは少々慌ただしかった、出来れば彼女が来る前に、マルティエの店に戻りたいと御用猫は考えていたのだ、しかしリリィアドーネはあれでも常識のある女だ、朝に来いとは言ったが、まだ早朝といえる時間だろう、昨日来たのは午前の九時だったか、とりあえずねぐらに戻って、食事はどうするか、彼女が来てから注文するか、それまで少し眠ろう、などと野良猫は考えながらに歩を進める、しかしその足取りは普段よりもどこか頼りないものであった。


 昨日の女も、なかなかに激しい手合いだったのだ、最近の流行りは、ああいった作法なのだろうか、まるで肉食獣のような食いつきっぷりではないか。


(それでも、カンナよりはまし、か)


 あまり間をおいては、またぞろ酷い目に遭うやもしれぬと、御用猫は背筋に僅かな寒気を覚えながらマルティエの亭のドアを開けたのだが。


「ただいまー」


「お、おかえりなさい」


 やはり、と言うべきか。


 彼女は御用猫の指定席と化した隅のテーブルから立ち上がると、少しはにかんだ笑顔を見せた、大きめの鞄を用意しているということは、今日は彼女も道場に泊まるつもりなのだろう。少しふわっとした黒い膝丈のスカートに、白のシャツとクリーム色のカーディガン、これといった装身具も無く地味な出で立ちではあるが、それがまた、少女らしい無垢な可愛らしさを引き立てているだろう。


「……早いな」


「そ、そうだったか、朝だとしか聞いていなかったので、よく分からなかったのだ、だが遅れてはならないし、なので、少しだけ早めに家を出たのだ」


 両腕を前で組んだり、後ろに回したりしながら、彼女は何かを待っている様子であった、この様子からして、今日の格好は自前の服では無いのだろう、その評価が気になって仕方がない、と言ったところか。


 御用猫は少し迷った、可愛いだの綺麗だだのと、ここで褒めるのは簡単だ、当分は固まるはずだが彼女も喜ぶことだろう。


 しかし、なんとなく面白く無いではないか、それはなにか、勝負に負けたような気さえする御用猫なのだ。


「マルティエ、あとで降りてくるから、朝食を二人分頼む」


 はぁい、と厨房から返事が返ってくる。


「とりあえず、上に行こうか」


 一瞬、ぴたりと動きを止めたリリィアドーネであったが、見てとれるほどに肩を落とすと、しょんぼりとした顔で小さく頷いた。


「そんな格好で来たんだ、これからどうなるかくらいは、想像がつくだろう? 」


 右手で彼女の鞄を肩に担ぐと、彼は残った左手を伸ばし、ぐい、とリリィアドーネの手首を引いた。


「え、え? なんだ、ちょっと、痛い」


 それには答えず御用猫は無言で階段に向かう、そしてその足が一段目にかけられた所で、彼女はある答えに辿り着いたのだろうか、ひぃゃぁ、と意外に可愛らしい悲鳴をあげ、腰を引いて抵抗を始めたのだ。


「ま、まだ、朝だぞ、いや、夜なら良いという訳でもないのだがな!?」


「時間は関係ないだろ、こっちの都合で申し訳ないがな」


 御用猫は振り返りもせず、さらに力を込めて彼女の手を引く。


「だ、だめだだめだ、こんな所で、まだ心の準備も……それに、それに」


 ついにリリィアドーネはしゃがみ込んでしまった、御用猫を行かせまいと後ろに体重をかけている。


「こ……こわい……」


 涙交じりのその声に、ぶぅっ、と吹き出した御用猫は、勝利を確信し荷物を降ろすと、笑いながら彼女の頭に手を乗せた。


「勘違いするなよ、荷物を俺の部屋に置くだけだ、ちょいと、人に会いに行く予定が出来たんでな」


 リリィアドーネは、未だ話が見えないものか、頭の上に疑問符を幾つも浮かべて混乱している様子である。しかし、直ぐに気付くだろう、自分が揶揄われていたのだと。


 そして、いま以上に赤くした顔で、烈火の如く怒るのだ。


 だが、そうなれば何か適当に褒めそやしてやればいい、彼女は単純なのだ、たちまちに機嫌を直す事だろう。


(完璧だ)


 まさに完璧なる勝利であった、杜撰ではあるが間違いないと、自信を持って立案された御用猫の計画は確実に遂行され、しかして。


 突如放り込まれたリリィアドーネの鉄拳の前に、見事打ち砕かれたのだった。



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