桜花斉唱 11
二人の襲撃者は、青ドラゴン騎士と名乗った。
金髪の方はウォルレン、体格は御用猫と同じ程か、鼻筋の通ったかなりの美形で、リチャードが十も歳を重ねれば、こうなるのではないのかと思われた、見栄えの良い男だが、どこか軽薄そうな印象が全体の品格を一段下げているだろうか、もっもとそれは、親しみ易さ、馴染み易さがあるともいえるだろう、波打った前髪を捻る様は、今も女性店員達の注目を浴びている。
赤毛の方がケイン、身長は百八十センチを超え、日焼けであろうやや浅黒い肌は、がっちりと筋張っており、ジャガーの様な肉食獣を思わせた、こちらもウォルレンとは方向性が違えど、なかなかの男前だった、その精悍な顔付きは、競技者にでもなっていれば、さぞかし人気を博した事だろう。
「かんぱーい! 」
三人は、ごちりとジョッキを突き合わせる、なみなみと注がれたホップビールは、呪いを効かせた地下で冷やされたのか、そこそこの冷たさを残していた。ここクロスルージュは、庶民には高嶺の有名店ではあるのだが、それに見合った料理と女性を提供すると評判の、南町でも十指に入る大型店である、世間の流行をいち早く取り入れ、度々変更される娼婦の衣装は、若者にも人気が高い。
お忍びで遊興に耽る貴族も多く、店で用意した腕利きの私兵が、彼方此方に威圧感たっぷりの威容をちらつかせていた、御用猫は普段の癖で、さりげなく間取りや警備状況を確認しつつも、微炭酸のビールを喉の奥に流し込む、口内に広がった僅かなくどさを残すも爽やかな苦味は、この酒も上物であると伝えてくるのだ、なかなかに食事の進みそうな味だといえるだろう。
(たまには、いいな)
普段は清酒を愛飲する彼であったが、酒というものは、それに見合った料理や雰囲気があるのだ、いのやとは正反対のきらびやかな店内には、これが正解であろうと考えながら、御用猫はガラス製のジョッキをゆらし、鉄板の上で、じゅうじゅう、と音を立てる猪肉と野菜をフォークで一度に突き刺した、高級店だけあって料理の方も確かに一級品である、値の張る調味料も惜しげなく使われているようだ。
「皆様、そろそろ嬢をお付けしましょうか? 」
上手く血抜きされているのか、臭みの少ない肉を頬張る三人の前に、燕尾服の支配人がご機嫌うかがいに現れた。先程は、溜まったツケを理由に入店を遮られた三人だったが、御用猫が百万白金貨を支配人に握らせると、たちまち別人のように謙り、すぐさま上席へ案内されたのである。
商売人とはいえ、大したものだと御用猫は感心していた、おそらくこの支配人はかなりの遣り手なのだろう。
「仕事の話があるんでな、終わるまで、このテーブルに人は近付けないでくれ」
「えぇ、えぇ、畏まりましたとも」
うやうやしく頭を下げると、後ろに戻った支配人は何事かを私兵に告げている、やはり段取りも早い、これは中々に良い店のようだ、と御用猫は顎をさする。
「で、お前らの話なんだが」
「……忘れてたな」
「……忘れてはいなかったが、先に飲むのかと」
御用猫は自身のこめかみを指で揉み解した、先ほどの支配人は融通の利く男であろうし、頼めば爪の垢くらい売ってくれるかもしれない、などと考えながら。
「まぁ、話は簡単なんだよ」
そういって笑うと、ウォルレンは懐から手紙を取り出し、御用猫に差し出してくる。
「俺たちは、猫の先生が信用出来そうな奴だったら、それを渡す、それだけだ」
「ふぅん」
御用猫は、手紙をくるくると回して印璽を確認するのだが、紋章官でもなければ差出人は分かるまい。もちろんそのような知識など無い野良猫は、相手を確認したかった訳ではないのだ、彼はおもむろに封の隙間へ人差し指を差し込むと、そのまま軽く指を振る、すると小さく、ぱん、と乾いた音が響き、その封蝋が綺麗に剥がされたのだ。
「お、なんだいそれ、手品かよ?」
興味深そうにウォルレンが覗き込んでくる。
「後で糊付けしたらな、バレないんだよ」
これはカディバ一刀流の「噛切り」という技の応用であった、本来この技は鍔迫り合いの最中に相手の指を落とす為のものである、落とされた指の切り口が、まるで噛み千切られたかの様に見える事から、この名が付けられている。
ほほぉ、と傷一つない封印を二人が眺める間に、御用猫は手紙に目を通したのだが。
「……なんで、この手紙を、青ドラゴン騎士が持ってきてんだよ」
「とある方の計らいでな?」
「というか俺らは、その人の使い走りみたいなものでな」
「なるほど、良いように扱き使われている、と」
「おいやめろ、悲しくなる」
悲痛な面持ちで俯向く二人なのである、賞金稼ぎの野良猫などには及びもつかぬ世界ではあるのだが、騎士にも色々と事情があるのだろう、こうした夜遊びも日々の疲れを癒すためには仕方のないことであるのかもしれない、この二人に少々同情した御用猫は、せめて今宵の飲み代くらいは出してやろうかと考えるのだ。
「ツケと飯は払ってやるから、女は自分でなんとかしろよ? 」
「楽しくなってきた! 」
「おれ、アンナちゃん呼ぶ! 」
おうい、おうい、と手を振り支配人を呼ぶ二人には、先ほどまでの悲壮さは微塵も感じられぬであろう、御用猫は、まるで子供のようにはしゃぎ始めた騎士達を眺めながら。
(この国は大丈夫なのか)
などと一瞬考えたのであったが、彼とて所詮はただの野良猫、憂国の士とは成り得ないのだ。
「一番可愛い娘を頼む」
「ふざけんな、アンナちゃんは譲らねえぞ」
「誰だよ、知らねえよ」
「オススメは何人か居るけどさ、先生はどっちが好きなんだい? 」
ウォルレンは嫌らしい笑みを浮かべると、胸の辺りで弧を描くように手を回す。
御用猫はしばし考えたのだが、その時ふと頭の中にリリィアドーネの姿が浮かびあがったのだ、騎士として鍛えてはいるが、少女らしい柔らかさも合わせもつ身体、その全てを目にした訳ではなかったが、彼女のように、しなやかで、慎ましくも気高き肢体は嫌いではない。
目蓋の裏で、リリィアドーネが少し恥ずかしげに微笑むのを、御用猫は確かに見た。
「胸の大きい娘を頼む」
親指を立てると、彼は、きっぱりとそう告げる。
所詮この世は弱肉強食。
そこに慈悲など、ありはしないのだ。




