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御用猫  作者: 露瀬
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桜花斉唱 5

 ロシナン子の歩みは遅い、ややもすると、御用猫の徒歩と変わらぬ速度ではあったのだが、それでも食材等の荷を抱えて歩くよりは、遥かにまし、というものだ。何より徒歩となれば、この卑しい森エルフが駄々をこね回すのは分かりきっているだろう。


 最近、やたらと後を尾け回してくるこの森エルフは、御用猫をみれば餌を強請り、小遣いを強請り。喧しいと追い払えば、地味で小癪な嫌がらせを繰り返す。


(なんとも、手におえぬ)


 存在と化していた。


 こやつは邪鬼悪精の類いに違い無い、いつか教会に退魔の依頼をしに行こう、と、御用猫は幾度目かの決意をする。


 隣では、トマトのように熟れ上がり、もごもごと何やら呟き続けるリリィアドーネの姿があるが、彼は特段気にした様子もなく、背後の少女に声をかけるのだ。


「そろそろ着くぞ、あの建物だ」


 元気な少女も流石に草臥れたのか、ああ、と、荷台からは安堵のため息が漏れる。


「ようやくですか、二時間はかかりましたよ、帰りはなにか敷物を用意しておいて下さい、お尻も痛いし、足も痺れてしまいました」


「尻は兎も角、足の方は自業自得だろ」


 御用猫の反論に、サクラはその名のように、小さな花弁にも似た唇を、つい、と尖らせた。


「ゴヨウさんは、小さな子に対する配慮が足りないと思います、私はもう子供では無いので必要ありませんが、もう少しチャムパグンに優しくしてあげて下さい」


「小さいだけで、そいつは森エルフと悪魔の合いの子だ、精神を汚されるからあまり関わるな、というか、なんだよゴヨウさんって」


 どちらかと言えば、エルフの耳を生やした悪魔か、と心中で訂正しながら、御用猫はサクラに返す。


「東風の名前なら姓が先なのでしょう?リリアドネ様の手前でなくとも、ファーストネームを呼び合う中ではありませんし、至極当然な扱いです」


「そうだね」


 ふんこふんこ、と鼻を鳴らすようにして、得意げに話すサクラに適当な返事をすると、ゴヨウさんは目的地である田ノ上道場に視線を戻した。五十センチ程の石垣と、その上に低く切り揃えられたラカンマキの生垣。元は教会か神殿でもあったのだろうか、木造の母屋は煉瓦積みの小さな講堂と繋がり、少し離れて板張りの稽古場、二百坪程の広い庭は屋外の稽古場なのだろう、井戸以外に目立つ物はなく、全体的にどこか閑散としていた。


 因みに、クロスロードの都ほぼ総てには地下水道が張り巡らされており、そこから生活用水として井戸で汲み上げている。水道網と河川からの引き込み口周辺は、北町に駐屯する「真武黒しんぶくろタイガー水神すいしん騎士団」が厳重に警護しているのだ、飲料水に毒等の異物を混入された場合に備え、浄化の呪いを行使できる術者は七割がたが、この騎士団に配属されており、クロスロード七十万人の生命線である上水を管理しているのだ。


「分かりましたか、皆さんの何気無い日常も、騎士達の弛まぬ尽力において支えられているのです、もちろん、恩に感じろ、とか、ほめ讃えよ、などと思っている訳ではありません、無辜な民草を護るのは騎士としての当然の勤めであり……」


「お前は、まだ騎士じゃないけどな」


「なぁっ!? 」


 とはいえ、ここ、田ノ上道場ほど郊外になると、流石に水道も敷設されてはいない、現在この小さな井戸を護るのは、庭を馳け廻る烏骨鶏の群れと、母屋の玄関前で、素振り用の太い木剣を無心に振り続ける、一人の少年。


「リチャード! いい加減に気付けよ、侵入者だぞ! 」


 御用猫に呼び掛けられた少年は、短めに切り揃えた濃いめの金髪に真っ青な瞳の、華奢な体躯では無いのだが、どこか線の細い印象を与える。


 とびきりの美少年であった。


「若先生! 」


 はっ、と此方に振り向いたあと、そこに御用猫の姿をみとめると、花の様な、いや、花に喩えるのは男子に似つかわしくは無いのだが、とにかく純真無垢な笑顔を見せて駆け寄ってくるのだ。


「お久しぶりです、あぁ、大先生ならもう直ぐに戻られると思いますので」


 リチャード少年は女性陣に簡単に自己紹介をすると、とりあえずお客様にお茶の用意をしてきます、と、物干しにぶら下げていたタオルを引っ掴みながら、台所に向けて走り出した。ただそれだけで絵になる姿だ、役者俳優を目指せば、即座に街中の御婦人方に名を知られるに違いない。


「先生ぇ、猫の先生ぇー、すごいイケメンの匂いがしますばい、美少年ですか、おいしいでごぜーますか」


 美味しくは無いが、美少年には違い無いな、と、御用猫は荷台で寝起きに目を擦るチャムパグンに応える。


「美味しく……まさかゴヨウさんの……念友? ……リリアドネ様というものがありながら……男の色香に惑うなんて、ふけつぅ」


 御用猫が、口元に両手を当てたサクラに何か言う前に。


 リリィアドーネの鉄爪が、彼女の後頭部にめり込んだのだった。




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