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御用猫  作者: 露瀬
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桜花斉唱 4

 がたごとと、乗り心地の悪い御者台に揺られながら御用猫は、そろそろ疎らになってきた建物と入れ替わるように隙間を埋める田畑を眺める。クロスロードの東側では稲作の方が盛んである、今は田おこしの時期であるため、風呂鍬や牛馬の力で土をかき混ぜ、額に汗を拭う農夫達の姿があちこちに見受けられる。


 御用猫の生まれは遥か北のロンダヌス教国であり、田畑には麦か豆芋、目立つところでは、とうもろこしの姿くらいしか見覚えがなかったのだが、それでも水田に揺らぐ稲穂の映る風景には、なにか郷愁のようなものをを覚えるのだ。


 これは、幼い頃に父から聞いた、祖国とやらの話を、朧げながらに思い出すからであろうか。


「猫には、迷惑をかけてばかりだな」


 隣に腰掛けるリリィアドーネが、正面を向いたままに語りかけてくる。


「お前は、そればっかりだよ」


「ん、それは確かに、次からは言わない、注意する」


 どうだか、と御用猫は笑いながらも質問を返す。


「しかし、無理はしてないか、色々と」


 少しだけ、彼は真面目な顔を見せていただろうか。身体の傷も確かにそうだが、リリィアドーネはしっかりとしたように見えて、まだ十八の娘なのである、そして家族をいちどきに無くしてからも半年と経たぬのだ。


 野良猫は父しか知らぬ、死に別れたのは、まだ子供の頃の事。彼の父は寡黙な男であり、御用猫に剣術を仕込む時以外には、言葉を交わす事の方が少ない程であった。


 なので、猫は名も知らぬ。


 今にして思えば、なんと間抜けな親子だったろう、息子の名前も呼ばぬ父と、それを尋ねる可愛げも持たぬ息子。いや、真に血の繋がりがあったのかどうかさえ分からぬだろう、まさに野良猫と呼ぶに相応しく、なんと似つかわしい渾名であろうか。


 そんな御用猫にとってすら、父の死は思い出したくもないほどに、辛い記憶であるのだ、なれば彼女の悲痛さは、いかばかりのものか。


「優しいのだな、猫は」


「そうでもないぞ」


 お互いに、視線は合わせない。


「私ならば、もう大丈夫だ、確かに辛く、悲しいと思う事もある、しかし、私は命を拾い、こうして生きているのだ、これは悲嘆に暮れる為などではあるまい」


 そう、思うようになったと、リリィアドーネは笑ってみせた。


「私が、騎士として、人として、誰恥じる事なく生き、そして死を迎えた時、皆に会って伝えるのだ、立派に生きた、と、幸せであったと」


 リリィアドーネの宣言は、やはり、野良猫には眩しきに過ぎるものであった、彼女の光が輝きを増すほどに、彼の闇を色濃く、深く、炙り出しているのではないのか、などと思う程に。


 サクラは少し俯いて押し黙っている、流石に口を挟める雰囲気ではないと察したのだろう、身体を丸めて眠るチャムパグンの、柔らかく波打った金髪を撫でつけながら、子守唄を小さく歌っている。


 先ほど空気が読めないと言った事は謝ろう、いや、口には出していないのだから謝る必要はないか、心の中だけで謝ろう。


 はい、謝った。


 などと、御用猫が益体も無い考えに浸り、ぞわぞわとした、暗い劣等感にも似た感情から背を向けていた頃。


「なのでな、し、幸せになる為には、互いの気持ちが、重要かと思っているのだ、お、ね、猫の気持ちは分かっている、うむ、そうだな、実はあの時の会話は、朧げながらに憶えているのだ、その、私の事を、お前の女だと、それは、正直嬉しい、うれしいのだが、わたしわこういったことにじつにふなれというか、よくわからないというか、さきのことはまだかんがえてもいなかったのだ、あ、でもこどもはかわいいからほしいです」


 何やら盛り上がりを見せていたリリィアドーネの独り舞台であったのだが。


 誰も気を留める者は居なかった。


 居なかったのだ。



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