桜花斉唱 3
泣き出しそうなリリィアドーネを、適当にあしらいながら食事を終え、手土産用に肉と野菜をマルティエに譲って貰うと、御用猫達は裏手の厩舎に立ち寄った。
「ロシナンテ! 元気だったか! 」
厨房から出たくず野菜を食みながら、やや、ぽってりと太ってきたロバを見とめ、ぱっ、と笑顔を見せてリリィアドーネは駆け寄った、以前に荷車用として借りたロバであったのだが、ひどくリリィアドーネが気に入っていたのと、マルティエの亭の厩舎が空であったことを思い出し、御用猫はそのまま購入していたのだ。面倒を見てもらう代わりに、買い出しや荷運びなど自由に使って良いと、マルティエには伝えてある、店の従業員である飯炊き女とその娘からは「ロバ子」と呼ばれていたはずだが、いつの間にか彼女の中で命名されていたようだ。
もっとも、ロバにしては体格が良いので、馬か何かとの混血なのだろうか、ならば「ラバ子」に改名するべきか、ともあれ役には立っているので、良い買い物であったと御用猫は、ロバ子の身体を撫でさするリリィアドーネを見ながら、そう考える。
荷物を積み込み輓具を取り付けると、ゆったりと荷車は車道を進み始める、クロスロードでは、大まかに車道と歩道が分けられていた。店の表に歩道が、裏には車道があり、貴族街である上町の各城壁門から敷設される、十数本の車歩兼用の大通りと、街を貫く二河の大河が交通の要となっているのだ。
一行は喧騒から離れるように移動し、東町を抜けて郊外まで走る。
「そろそろ、詳しく話を聞かせて欲しいのですが、任せろとだけ言われても信用出来ません、もちろんリリアドネ様の事は信用しておりますが、見ず知らず初対面の怪しげで傷面な男を信じられるようならば、私の将来は遊女か奴隷と決まっているでしょうね」
相変わらず良く回る舌だと感心しながら、御用猫は答えた。
「とりあえず、お前さんは来年のテンプル騎士承認試験を受けたいと思っている、ライバルに勝つ事がその条件であり、その決闘が近々行われる予定だという、だが、今の実力ではどうにも勝利が覚束ない、その為、特訓をしようと彼方此方の高名な道場を訪ねたが、皆断られてしまった、どうやら相手方からの圧力妨害があるようだ、騎士団や教員はどちらにも肩入れ出来ず、騎士である父や兄を頼る訳にもいかない、どうにも困ったお前は学友の伝手を遣って、市井の剣客と知り合いだというリリィ先輩を頼ってきた、お優しい先輩は断る事も出来ず、上司の勧めもあって面倒をみることになったが、いざ紹介されてみれば、やってきたのは、このやくざな怪しい男、という訳なのだったな」
御用猫が長々と喋ったのは、少女に対する当て付けのつもりだったが、それにはまるで気付いた様子もなく、ラバ車の狭い荷台に横座りしたサクラは、満足げに腕を組んだ。
「ちゃんと理解しているのなら結構です、私が思うに、何処かの町道場を紹介してくれるのでしょうが、大丈夫なのですか、こんな郊外に道場を構える者など、街での競争に敗れ、農民に自衛の術を教えて日銭を稼ぐ食い詰め浪人か、我こそは大陸一の武芸者なり、とかの可哀想な人だと思うのですが」
御用猫は少しずつ理解してきた。
彼女はとても素直で正直だが、少し頭部に損傷を抱えているせいで、思った事は総て口にしてしまうのだろうと。
「サクラって、友達少ないだろ」
「なぁっ!? 」
思わず立ち上がろうとして、サクラは膝に乗せたチャムパグンの頭を揺すってしまい、ぐずる彼女の頭を撫でながらあやし始める。
(……チャムの方が、倍以上は生きてるはずなんだが)
見た目だけなら、確かに、大人びた感じのサクラの方が年上に見えない事もない。
ないが、これはない。
やはり森エルフに、ろくな奴は居ないな、と再確認し、御用猫一行はそろそろ手入れの悪くなってきた街道を進んで行く。