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御用猫  作者: 露瀬
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外剣 飛水鳥 12

 マルティエの亭で遅めの昼食を腹に入れながらも、御用猫は居心地の悪さに何度も箸を止める。


 あれから一週間ほど、御用猫は後始末に奔走していた。大台に乗る首を仕留めた事による、賞金稼ぎ組合との事実確認、書類上の手続き、銀行への入金の手筈、各所へ経費の支払い。そして何より、面倒ごとを嫌う御用猫にとって一番の苦労は、目の前の少女についての事だった。


 先ほどからリリィアドーネは、鴨肉の照り焼きとエイの煮凝りを摘む御用猫の姿を、じいっ、と、見つめているのだ、いかに見た目は美しい少女だからといって、こうして何か物言う訳でもなく、ただただ見られているというのは、どうにも。


(……落ち着かない)


 ぱくぱくと膝の上で主張を続ける卑しいエルフに鴨肉を与えながら、いい加減気持ちも悪いので、リリィアドーネをそろそろ追い返そうか、と御用猫は思い始めていたのだが。


「ね……猫よ」


 こちらを真っ直ぐに見つめたまま、彼女が今日初めて口を開いた。


「謝罪を嫌う貴公には、これ以上、どうにも、告げる言葉が思いつかないのだ」


 彼女は眉をしかめると、申し訳なさそうに頭を下げた。


「だから、ありがとう」


 迷いに迷った挙句、思いついた言葉は、これしかなかったのだろう、彼女は、なんと、呆れるほどに生真面目で、真っ直ぐな心根の持ち主なのだろうか。


 先日の騒動を終えたのち、リリィアドーネの勤め先を知らぬ御用猫は、仕方なく手近な騎士団の詰所に彼女を運び込んだのであった、もちろんこの場合ならば当然の手順であろうし、彼にはなんの落ち度も無いはずである。しかし相手にしてみれば、荷台に生首を転がし、意識不明の女性を連れ込んだ人相の悪い男なのだ、騎士団からの執拗な取調べを受けたのは至極当然の事と言えるだろう。


 とはいえ御用猫の方にしてみれば、やはり災難には違いない、いわれなき嫌疑をかけられた彼は三日も拘留されることとなり、そこから解放されるためとはいえ、およそ普段ならば近付きもしない、最悪の相手に頼る羽目になっていたのだ。


 怒りを腹に据えかねる御用猫は、もしもリリィアドーネが快復したならば、一度きっちりと文句を言うつもりであった。しかし当の本人は、訪ねてくるなり物も言わずに見つめてくるばかり、そしてその顔には、申し訳のなさ、というものが全面に張り付けられているのである、こうなれば分が悪いのは御用猫の方だろう、たとえ怒鳴りつけたとしても彼の気は晴れまい、むしろ後ろめたさすら覚えてしまうやも知れぬのだ。


 この少女はどうにも、男の怒りを霧散させる、こつ、のようなものを心得ているのではないか、半ば本気で、そのような疑いをもった御用猫である。


「まあ、元気そうで何よりだ」


 御用猫は、ぷるん、とした煮凝りを賽の目に切り分けると、リリィアドーネの目の前に運ぶ。僅かばかり逡巡した彼女であったが、好奇心に負けたものか、薄くとも艶のあるくちびるを開いて、それを迎え入れる。


「……少し、くせのある味だな」


「苦手か? 」


「いや、きっと……好きになる」


 御用猫は笑いながら女将に手を挙げ、昼食を二人前追加した。二人分なのは、まるで満足していないと、横合いから視線で訴え続ける小動物のせいだった。


 またもや黙り込んでしまうリリィアドーネであったのだが、追加の料理が届く頃に、ようやくその口を開くと。


「私は、明日から騎士として、任務に復帰する事になった」


 病み上がりだというのに随分と性急な事だが、この真っ直ぐな少女のことである、おそらくは本人の希望なのだろう。


「詳しくは話せぬが、あまり自由の利かぬ勤めだ……こうして、貴公と話す機会もしばらくは無いだろう」


「そうか、寂しくなるな」


 何気なくこぼした御用猫の言葉に、ぎゅうっ、と、猫が踏まれたような音を漏らし、喉を詰まらせると、リリィアドーネは、ぱっと、額まで朱に染めた。


「だ、だが、しばし待っていて欲しい……任期があければ、必ず、必ず約束は果たそう……そ、その時にこそ」


 ぐりぐりと、握り箸で鴨肉をこね回しながら、リリィアドーネは何やら呟き続ける。


「わ、わたしの……すべ、すべれ、れる」


 よくわからないが、なにか面白いので放置しておこうと決め込み、御用猫は、自前の膳が届いたにもかかわらず給餌をねだる、自立心の無い卑しいエルフの鼻に箸を差込んだ。


 しばらくの間は、心身共に、ゆったり休みを取ろうと。


 せめて、この身にこびり付いた血の匂いが薄れるまではと。


 心に決めたのであった。





血で血を洗う野良猫も


たまに恋しや浮世の憩


されど明日も爪を研ぐ


腹が減るから爪を研ぐ


御用、御用の、御用猫










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