ててなしご 17
製材所跡の母屋に進入した御用猫であったが、最初に目にしたのは、イシンバロスの手下であろう、男の死体であった。
目立つ外傷は無い、間違いなく、黒雀の手によるものだ。
玄関内に一体、真っ直ぐに伸びる廊下に一体、これは、どうやら全滅だろう。
彼女の仕事を疑う訳では無かったが、新たに進入した者が居ないとも限らないのだ、下手に呼び掛けて、ゆっこを動かすよりは、自分から探すほうが安全だ。
手前のドアから、一部屋づつ確認してゆく。しかし、闇討ち屋の隠れ家にしては、綺麗に整理されていた、イシンバロスの奴は、随分と綺麗好きであったのか。
「ゆっこ、俺だ」
三つ目の扉を開け、小声で呼び掛ける。ここは、私室であろうか、他の部屋よりも、少し、造りが良く、家具も立派なものが据えられている。
かたり、と、衣装棚から音が聞こえた。
「……おとさん? 」
心細げな、震える声を耳にして、矢も盾もたまらず、がば、と、衣装棚の扉を開けると、横向きに膝を抱えた、ゆっこが現れた。
「おう、迎えに来たぞ、大丈夫だったか」
「おとさん! 」
飛びつこうとしたゆっこは、散らばった衣類に足を取られ、頭から倒れ込む。
「おっと」
槍を捨てて少女を受け止めると、忽ちに、ゆっこの目に大粒の涙が浮かぶのだが。
「待て、まだ泣くな、まだ終わってないぞ、泣くのは後だ、出来るな? お前は強い子だ」
ひゅごぅ、と、息を飲み込み、ゆっこが何度も頷く、無理に泣くのを我慢したせいか、彼女はしゃっくりを始めた。
何とも健気な事だが、育った環境のせいだろう、彼女は我儘を言わない、我慢強く、言われた事はきちんと守るのだ。
「よし、いい子だ、とりあえず外に……俺が言うまで、目を閉じてろ、いいな? 」
「あい、っく」
喉を詰まらせながら、ゆっこは目を閉じ、御用猫の上着の裾を掴んだ。歩き易いように、彼女の肩に手を回すと、短槍を片手に部屋を出る。
正直、御用猫は、安堵していた。
目立つ外傷は無いし、衣服も乱れていない、怖い目にはあっただろうが、最悪の事態は起こらなかった様子である。
余りに、安心してしまったせいで、御用猫は、隠す気のない、あけすけな殺気にすら、気付かなかったのだ。
玄関の反対側、勝手口の方から、弾丸のように飛び込んできた者に。
「ゆ、ゆっこちゃん! 」
「うおっ……なんだサクラか、脅かすな」
彼女は、囚われていたた少女の姿を見とめると、御用猫の言葉を無視して、どたどた、と、括った黒髪を揺らしながら走りこんできた。
そのまま、御用猫と挟み込むように、ゆっこに抱きつくと、大声で泣き始めたのだ。
「よかった、よかったぁ……あぁ、うあぁー」
膝を付いて、泣き噦るサクラを剥がす事も出来ず、仕方なく、頭を撫でる。
「ゆっこが我慢してるってのに、全く、台無しだろうが、フィオーレ、外は片付いたのか? 」
遅れて現れた灰金髪の少女に尋ねる。フィオーレの方は、安堵の表情を浮かべる事もなく、周囲を警戒していた、流石に、出来るゴリラだ。
「はい、ゴヨウ様、既にビュレッフェ様達と合流もしております、他の方は周囲の掃討を、ご新造様が言うには、離れてこちらを伺う者が居るとかで」
「ん? まぁ良いか、フィオーレにも世話になった、今度、リチャード抜きで、サクラと逢いびきさせてやるからな」
彼女は途端に、気持ち悪い表情を浮かべ、くねくね、と身体を捩りはじめる。
すっかりと、緊張感は無くなってしまったが、もう大丈夫であろう。律儀にも、目を閉じたままサクラと抱き合うゆっこを見ながら。
御用猫は、大きく息を吐いた。