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御用猫  作者: 露瀬
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ててなしご 15

 御用猫は、真っ直ぐに間合いを詰めた。普段の彼ならば、元、とはいえ、二千万を超える賞金首に対して、このように強引な攻めはしないだろう、自慢の戦闘服も、今は唯の皮服に過ぎないのだから。


「狸火」のイシンバロスには、誰も知らぬ奥の手がある、それは、無音最速で行使出来る、着火の呪いであった。


 大した火力は無い、火傷一つ負わせられない、唯の目眩しであったが、一対一の命のやり取り、その最中で、突然に目の前に火花が散ればどうなるか、想像に難くないであろう。


 イシンバロスの特殊な性癖が、人間に火を点ける事への、特異な執着心が生み出した、奇術。


 人の潜在意識や本能といったものに起因する呪いには、往々にして、そういった、こと、が起こるものである。


 イシンバロスは、まだ諦めてなどいない、短槍に持ち替えたのは、彼に、冷静さが残っている事の証左であろう。


 槍の遠間から、御用猫の顔に火を点け、喉を突く、あとは仲間が戦っているうちに、そこらの馬に跨り、走り去るのだ、出来ぬ事では無い。


(そう、もう少しですよ、あと僅か)


 御用猫が近づくにつれ、イシンバロスにも冷静さが戻ってきた、精神を集中し、心中で呪いの準備を整える。


 走りながら、御用猫が脇差しを投げてきた。


 イシンバロスは、落ち着いてそれを弾くと、密かにほくそ笑んだ、この野良猫の、そうした戦い方は、耳にしていたのだ、馬鹿な男だ、有名になり過ぎたのだ、小賢しい真似をして、分不相応の首を挙げる卑しい野良猫だと、裏稼業の者ならば、誰もが知っている。


 奥の手は、隠し持つものなのだ、人に知られれば、用を成さない。使うならば、見た相手は必ず殺すのだ。


(このように、ねっ)


 御用猫の顔に点火しようとした瞬間、もう一本、刀が飛んできた。


「な、あはぁっ!?」


 慌てて槍で弾く、なんたる事か、この野良猫は、主武器たる大刀までも投擲したのだ。


 心を乱したせいで、用意していた呪いが霧散してしまった。目論見を崩されたイシンバロスが、短槍を構え直す前に、間合いの内側に潜り込まれる。


 その勢いのまま、御用猫は、がっし、と、イシンバロスの頬を両手で掴むと、鼻筋に沿って親指を滑らせ、狸の両目を抉り出したのだ。


「あぎゃっ! 」


 何が起こったのか、理解出来ぬまま、イシンバロスは仰向けに倒れる、視界を失ったその男は、虫のように、手足をばたつかせる事しか出来ない様子だ。


「あと、任せる」


「うん、気を付けて! 」


 背後から、リリィアドーネの声がする、手近に転がる短槍を拾うと、御用猫は建物内に消えてゆくのだ。


 彼女は勘違いしているだろうが、戦闘中にも関わらず、建物に飛び込んだのは、ゆっこが心配だからでは無い、囚われた少女の、今の状態によっては、サクラ達に会わせることなど、到底出来ないだろうと考えたからなのだ。


 黒雀は無事だと言ったが、それは生きている、というだけの事、先に、御用猫の目で確認する必要がある。


 だからこれは、彼女の身を案じたからではない。


 御用猫は、そう、自分に言い聞かせるのだ。



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