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御用猫  作者: 露瀬
142/150

ててなしご 11

 がたごと、と、ロシナン子の引くラバ車に揺られ、御用猫達は田ノ上道場を目指していた。


 荷台には藁を敷き詰め、随分と落ち着いてきた様子のリチャードと、早速に弁当を食い散らかしたチャムパグンが横になっている。


 ぽっこりと膨らんだ腹を放り出し、がに股で眠る、相も変わらず卑しいエルフだが、しばらくは文句も言えぬだろう。


 呪いを行使すれば、イドを汚し、体力を消耗する。


 回復する為には、食事と睡眠しかないのだ。


 呪いの才能はからきしな御用猫には、理解出来ぬ事であったのだが、ホノクラちゃんが言うには。


「そうだね、キミにも分かりやすく説明するならば、自らの魂を餌に精霊を集め、そして命を燃料にして彼らを使役し、世界に干渉するのさ、こつ、さえ掴めば、誰にでも扱えるよ、効果のほどは千差万別だけれどね、穢れを厭わぬ強靭で純粋な、そして美しいイドを持つ者ほど、強い力を行使できる……まぁ、これには才能も必要かな、ボク程になれば、直接に祖霊を通して」


「もういい」


 御用猫の記憶の中の黒エルフが、何やら打ちひしがれたかのような表情を見せていたが、それはどうでも良いだろう。


 チャムパグンがあれ程に怠惰な生活を送るのも、大きな力の代償だというのならば、まぁ、許せない事もない。


 そういえば黒雀が、最近なにかと吸い付いてくるのも、実は、御用猫のイドとやらを吸っているのではなかろうか。


(……次からは、断固拒否しよう)


 準備があるからと、別行動したフィオーレも居ない為、眠る二人の他は、ずっと項垂れているサクラが隣に座るのみなのだ。


 フィオーレから、しかと頼まれていた事もあり、あれやこれやと慰めてはいたのだが、サクラの調子は戻らない。会話の無い気まずさから、御用猫はひとり考え事に耽っていたのだが。


「……ゴヨウさん」


「なんだ? 」


 一瞬、雰囲気を和らげるべく、なにか揶揄ってやろうかと思いもしたが、折角に重い口を開いたのだ、ここは吐き出させるべきであろうと思い直し、御用猫は短く返事のみすると、沈黙して続きを待つ。


 たっぷりと、時間をおいて、ぽつりと、サクラが話し始めた、膝の上では、拳がきつく握られている。


「私は、自惚れていました、自分が恥ずかしいです、リチャードが目を覚ましたら、何と言えば良いのか、わか、分かりません」


 握られた手の甲に、ぽつ、ぽつと、滴が零れる。


「ゆっこちゃんにも……褒められるのが、頼られるのが、気持ち良くて、調子に乗って……お姉さんだなんて……どうして、こんな事に、なにも、なにもできなかったのに」


 ぐずりぐずり、と、声を湿らせ、小さく震えるサクラには、いつもの、輝かんばかりに自信に満ち溢れていた姿は、見る影も無いのだ。


「あのな、サクラよ」


 つとめて、ゆっくりと、言い聞かせるように語りかける。まるで、ゆっこを相手にするようだ、と思い、少し、心温まる気持ちになったのだが、そこから先を掘り起こせば、急速に冷めていくだろうと頭を振る。


 その仕草に何か勘違いをしたのか、サクラは、小さく肩をすぼめた。


「今回のはお前の失敗だ、お前が餓鬼だったからだ、油断だ、気を抜いてた、調子に乗って浮ついてた、そのせいで、ゆっこは攫われ、リチャードは死にかけた」


 敢えて、強く責め立てたのだが、何か反論するでもなく、彼女は俯いたまま、唇を噛んだ。


「けどな、それがなんだ、誰だって失敗するだろう、取り返しがつかなくなって後悔して、泣いて喚いて、それからどうする? お前は、前に言ってただろ、泣き寝入りは嫌だってな、俺もそうだ、舐められて黙ってるほど、野良猫は、やわ、じゃ無い」


 お前はどうする、と、前を向いたまま、御用猫は待つのだ。


 彼女が、前を向くのを、その手助けのために。


「でも、だって、そんなの、分かりません……ゴヨウさんだって言ったじゃないですか! 私は、子供なんです、分からないんです! 仕方ないじゃ無いですか! どうしようもないじゃないですか! 」


「ようし、良く言えた、なら教えてやるさ、妹が失敗したなら、兄を頼ればいい、そうだ、猫のお兄ちゃんが助けてやろうじゃないか」


 歯を見せて笑い、御用猫は、どん、と胸を叩いてみせる。


 ぽかん、と、しばし惚けたサクラであったが、涙と鼻水を垂らした顔を、くしゃりと歪め。


「ぐしっ……なんですか、それ、私のお兄様は、一人だけです」


 笑ったのか、呆れたのか。


「おうとも、お兄様は一人だけだ、俺は、お兄ちゃん、だからな……ほれ」


 手綱を放すと、御用猫は両手を広げる。


「そら、練習してみろ、お前はお兄様に甘えた事なんて無いだろ、見てれば分かる、お前はそういう奴だからな、意地っ張りで見栄っぱりだ、全く素直じゃない、そして、とんでもなく甘え下手だ、だから、これは練習だ、ほれ、おいで、俺相手なら遠慮はいらないだろう? 」


「……ほんとうに、なんですか、信じられません、慰めてくれているのは、分かりますが、遣り方というものが、あるでしょうに」


 言いながらも、サクラは、すぽん、と、御用猫の胸に抱きついてくる。


 途端に、鼻をすすり、声を震わせ、顔を擦り付けてくるのだ。


「ごめんなさい、私ひとりじゃ、何も出来ません、だから助けてください、ゆっこちゃんを助けてください、お兄ちゃん……お兄ちゃん」


「あぁ、任せておけ、可愛いサクラを泣かせた奴らは、きっちり、懲らしめてやるからな、俺だけじゃない、田ノ上の親父も、リリィも、フィオーレも、皆、お前の味方だ、心配すんな」


 そもそも、彼女は、何も悪くないのだ、これは全て、自分の責任において、落とし前を付ける事だろう、御用猫はそう考える。


「だから、自分を責めるな、いいな? 」


御用猫は優しく背中を撫でながら、染み込ませるように、彼女に本題を告げるのだ。


 これで、ようやく、言葉は届くだろうか、彼女自身が受け入れなければ、どんな言葉も、耳には入らぬのだから。


 サクラは、すんすん、と、鼻を鳴らしながら、御用猫の背中に回した手に、少し、力を込めた。


「はい……お兄、ちゃん」


「……少し、妬けてしまいますね」


 不意にかけられた、荷台からの言葉に、サクラの身体が震える、まるで髪が逆立ったかのようだ。ぱっ、と手を放し、荷台を振り返る。


「はあぁっ、り、リチャード! 起きていたのですか! 」


「……今しがた」


 まだ、身体は起こせぬのか、仰向けのまま、少し青白い顔の美少年は、力なく笑う。


「……及ばずながら、僕も手伝います、これでも、男ですから……ね、お兄ちゃん」


「なぁっ!?」


 耳まで真っ赤になったサクラは、ついに、啄木鳥のようにまくし立て始めたのだ。


(まだ、紅葉を散らすには、早かろうに)


 もう、大丈夫だろうか、やはり、彼女は芯の強い女なのだ。


 満足気に笑うと、御用猫はロシナン子の手綱を握り直す。


 けじめだけは、付けなければならないのだから。



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