ててなしご 10
「良くやった、チャム、褒めてつかわす」
「なら、降ろしてくだせぇ、内臓でてきます」
逆さに吊るしたチャムパグンを振りながら、御用猫は考えるのだ。
喫緊の問題は片付いた、しかし、ゆっこと、フィオーレの姿も無い。リチャードの胸に手を乗せたままのサクラは、安堵したせいか放心状態であり、状況を聞き出すのは難しいだろうか。
「ゴヨウ様! 」
などと、噂をすればフィオーレだ、警らの騎士だろうか、二人ほど連れている。彼女の上等そうな服は両袖が裂け、赤く染まっていた、襲撃者と、無手で戦闘を敢行したのか、相変わらずゴリラの発想である。
「チャム、手当てしてやれ」
「がってん、しょうちのすけこ」
あれほどの呪いを行使した後だというのに、この卑しいエルフには、まだ余裕がありそうだ。
御用猫が手を離すと、猫の様に、くるり、と回転して着地する。
腹が減ったとマルティエの店に現れ、この店に居ると聞いて、追いかけて来たらしいが、今回ばかりは、彼女の卑しさに感謝せねばなるまい。
「ゴヨウ様! 今はそれどころでは」
詰め寄る少女を片手で制す。
「大体のところは理解してる、お前が戻ってきたというなら、賊は見失ったんだろう、次を考えるなら、手当てが先だ……それと」
御用猫は、彼女の頭に、ぽん、と手を乗せ。
「良くやってくれた、ありがとうな」
軽く撫でると、フィオーレは、ぐぅっ、と目を閉じ、鼻を鳴らした。
「申し訳ありません、私が、ついていながら……ご息女を、リチャードも」
「リチャードなら大丈夫だ、ゆっこも、居場所の予想はつく、安心しろ、後は任せておけ」
ぐずぐず、になってしまった彼女の上着を脱がせると、後ろに控える騎士が目を剥いた、手当てのためとはいえ、些か迂闊であったか。
「済まない、ご覧の通り緊急時だ、不敬については目を閉じて頂きたい、お二人は炎帝騎士だな? ビュレッフェ殿か、クロン殿に繋ぎをとって頂けるか、事情が込み入っているゆえ、内密に願いたい、名誉騎士、辛島ジュートからの話と伝えれば分かる筈だ、身元については、こちらのフィオーレ様が保証になるかな? 」
勢いで押し通す為に、一気に告げる。二人の騎士は顔を見合わせたが、フィオーレは既に身分を明かしているようだし、彼女の知人となれば、疑われる事も無いだろう、果たして、直ぐに一人が店を走り出て行く。
「事情の聴取は後にしてくれ、検分は任せる、我々は東町の田ノ上道場に居ると、伝えてくれたまえ」
びっ、と、残された騎士が敬礼する、胸の前で右腕を水平に、掌を相手に向けるクロスロード式。そのように仕向けたのではあるが、上手く、御用猫が身分の高い騎士だと、勘違いしてくれたようだ。
「フィオーレ、サクラは任せるから、とりあえずマルティエの店に行こう、それから道場に戻るが……お前はどうする? 」
「こちらから、お願いしますわ、是非、ご同行させて下さい」
御用猫は頷くと、落ち着いた寝息を立てるリチャードを、そっと横抱きに抱え上げる。
惚けたようにサクラが見上げてくるが、フィオーレに促されると、よろよろと立ち上がる。
荒事にも物怖じしないサクラであったが、身内の死の危機に瀕して、尋常ではいられなかったのだ。
(まぁ、それが普通ではあるか)
フィオーレも、何か、意に染まない、といった様子ではある。
彼女は、今すぐに走り回って、ゆっこを探したい気持ちがあるのだろう。
御用猫にも、その様な思いが無いと言えば嘘になる。しかし、今は闇雲に動き回る時では無いのだ。
そう、割り切れてしまう自分に嫌悪する。
少なくとも、ゆっこを攫った者の一味には、あのイシンバロスが居るのだ。彼女がどの様な目に遭わされるのか、知れたものでは無いだろう。
焦りも、不安も、嚙み殺し。
薄汚れた野良猫は、耐えるのだ。
下を向いて歩き出すが、おそらく、酷い顔をしているであろう御用猫に、ぴょん、と、チャムパグンが飛び乗ってくる。
不意に、背中にのし掛かかられ、彼は顔を上げた。
「なんだ、重いから邪魔すんなよ」
「先生ぇ、とりあえずご飯食べましょう、ね、果報は食って待てですわよ」
なんとも空気の読めない、呆れた奴であるが、薄手のシャツから伝わる、彼女の温もりが、御用猫の苛立ちを溶かしたのも、また、確かであった。
割り切ったつもりが、やはり、冷静では無かったか、サクラやフィオーレに対する慰撫も足りないのではなかろうか。
「……はぁ、そうか、そうだな、お前の言う通りか……先に行って、マルティエに弁当を頼んでこい、六、いや、十人分くらい」
跳ねる様に駆け出すチャムパグンを見送りながら。
(悪魔とは、こうやって人に取り入るのではなかろうか)
こきこき、と首を鳴らし、とりあえずは、二人の少女を慰めてやろうと、頭の中で言葉を探し始めた。