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御用猫  作者: 露瀬
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外剣 飛水鳥 11

 視界は、ゆっくりと流れた。


(勝った! )


 トベラルロは確信する、相手の動きがゆっくり見えるという事は、此方が速いということなのだと、考えた。


 御用猫は結局、奇妙な構えを崩さなかった。左半身に左手での抜打ち抜刀の構え、当然、その太刀は逆手抜きとなる。


(あんなもので、どうにかなると思ったのか、所詮は野良猫の浅知恵だ)


 トベラルロは、ようやく半分程に刀を抜いた御用猫を満足そうに眺めたが。


 ふと、疑問を覚えた。


(……近い? )


 それもそのはず、御用猫は、はなから抜き打つつもりなど無かったのだから。彼は左半身のままで前に踏み込むと、中途に抜いた刀を左手と鞘で支え、交差するトベラルロの剣の只中にねじ込んだのだ。


 がっき、と、金属同士が噛み合うと、一瞬だけ、二人の視線も同時に重なる。


 そしてトベラルロは理解した、これは、獲物を狩る獣の目だと、ならば、狩られるのは獲物であり、つまり自分であるのだ、と。


 そう理解した瞬間、ぱちんと弾けたようにトベラルロの時間が流れた。しかし驚愕に目を剥いたのは一瞬であり、即座に剣を放すと後ろに飛び退いたのは、流石という他はない。


 だが、遅い。


 遅いのだ。


 既に右腰から引き抜かれていた御用猫の脇差が、ずぶり、と、トベラルロの腹に埋め込まれる、手ごたえのある腹筋を貫くと、剣先が遊ぶような感触が御用猫に伝わってくる、彼は内臓を傷付ける為に脇差を掻き回すと、一気に膝の抜けたトベラルロの胸を、軽く押して引き抜いた。


 膝をつき、両腕をだらりと下げたトベラルロは、なにか信じられぬものでも見たかの様に、その顔を歪ませるのだが、しかし彼の視線は、なにやら御用猫よりも、随分と上に向けられていたのだ。


「……違うのです、お師匠さまぁ……私は……だだ、ぅ……」


 ごぼり、と、喉から赤い泡が上がる、風船のようなそれを、トベラルロはゆっくりと吐き出し。


「ほめて……ほめて……ほし……」


 最後まで聞かずに、御用猫は首を刎ねた。




 乱暴に刀を振って血糊を飛ばすと、彼は惨状に背を向けて走り出す、目的地は、最初に乗り付けてきたロバ車である。荷台の藁を掻き分けて、御用猫はそこから簀巻きにした森エルフを掘り出した。


「出番だぞ、ついて来い」


 いざという時の為に拉致してきたチャムパグンであった。


 半ば引き摺るように現場まで走らせると、呼吸も弱々しいリリィアドーネの上衣を剥ぎ取り、彼女に見せる。呪いローブのおかげだろうか、腹を裂かれて内臓がはみ出る、などという事はなかったのが、脇腹から外に向かい、黒、青、赤、黄と変色し、歪に膨れ上がっていた。


「あー、これはひどいっすねー」


 何処かのんびりとした調子でチャムパグンが唸る。


「治せるか?」


「いかに、呪いの得意なエルフでもですねー、これはきついっすわー」


 ですが、と、卑しいエルフは、両の口角をぐいぃっと持ち上げるのだ、御用猫は自分のことも棚に上げ、なんと卑しい笑みであろうかと呆れるばかりである。


「わたしわ、超、まじない得意なんでー、もちの、よんでごぜーますわ! 」


「よし治せ」


 襟首を掴み詰め寄る御用猫に、しかしこの卑しいエルフは、ちっちっち、と人差し指を振って見せた。


「こいつぁ、人の命がかかってまっさ……先生ぇー御用猫の先生ぇー、さきにコレのお話、しまひょか」


 先ほど振った人差し指を親指とくっ付け、輪を作って見せるのだ、相変わらずの卑しい笑いを浮かべたままに。


「そうだな、人の命が懸かってるからな、人間、命が懸かるとなんでも出来るって言うよな……森エルフも、そうなのか? 」


 御用猫は、腰から井上真改二を引き抜くと、いまだ血脂でぬらぬらと光る刀身で、卑しいエルフの肩口を、ぽんぽんと叩いた。


「森エルフは慈愛と友愛を司る癒しの担い手、傷つき苦しむ者を助くのに、なんの躊躇いがございましょうか」


 うんうんと唸りながら、怪しげな身振り手振りで呪いを始めたチャムパグンに、若干の不安は覚えたのだが、彼女が治療術師なのはカンナからの情報で判明している、もちろん、料金設定は法外らしいのだが。


 後の始末はどうするか、先ほど膝を割った男はまだ生きている、奴を手当して死体を埋めさせよう、何処かで監視しているであろう裏口屋の連中も、今のところ姿を見せる気配は無い、これはもう襲撃の恐れもないだろうか、などと考えを巡らせ。


 そして、たっぷりと息を吸い、それを吐き出してから。


 ようやっと、御用猫は腰を下ろしたのだった。



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