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御用猫  作者: 露瀬
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ててなしご 8

 御用猫が、罵声を浴びながら大通りを全力疾走するのには、訳がある。


 彼が目指すのは、南町でもかなり有名な、大店舗の古着屋であった。


 クロスロードでは、貴族から庶民まで、それぞれの階級や職種により、衣服小物の流行が様々に変化している。


 とはいえ、一般家庭の収入には限度がある為、こうした古着屋にも、確かな需要があるのだ。


 最近では、細かな刺繍や小物での変化が「粋」だ、などと言われており、古着屋の仕立て職人が、独自に手を入れ直した服が人気であった。


 黒皮の戦闘服一枚きり、の御用猫にとっては、全く縁の無い店ではあるのだが、彼がここに来たのは、当然に、ゆっこの服を買う為であった。


 遡ること昼食時、ゆっこが黒雀の隣で、お姉ちゃん、お姉ちゃん、と呼び掛けるのを見て、一人の少女に火が付いてしまったのだ。


「待ってください、ゆっこちゃんに、そんな短いスカートは合わせられません、まだ暑いというならば、こちらの薄手物にしましょう、リチャード、これも確保です、多少の寸法直しは、私が出来ますから」


「すごい、サクラお姉ちゃんは、何でもできるのね」


 くるり、と、ゆっこに背を向けたサクラであったが、リチャードには、鏡に映る彼女の顔が丸見えであった。


 満面の笑み。


 黒雀に対抗心を燃やしたサクラが、知識を披露する度、ささやかな武勇伝を聞かせる度に、ゆっこはいちいち、大仰に驚いてみせるのだ。素直な少女の感嘆と賞賛を浴びた、このお姉ちゃんは、余程に嬉しかったものか、べったりと妹に付きっ切りで、フィオーレ辺りが見たら、ハンカチを噛みそうな蕩け具合であるのだ。


 いや、見ていた、そして噛んでいる。


ゆっこに似合う衣服を探す為、フィオーレに店を紹介してもらっていた、彼女は末席とはいえ、王族でありながらも、このような大衆好みの情報に詳しいのだ。


 将来は、政治家を目指すという話しであったが


(存外に、良い政を行うかも、知れないな)


 そう、御用猫は思ったものだ。


 それはそれとして、女性の買い物、特に衣類装飾品に関しては、男の理解が及ばぬ程、長いものである。以前、リリィアドーネに指輪を買った時は、いったい、何時間かかっただろうか、昼食を挟んだ事だけは覚えている。


 その時の記憶が頭を過ぎり、これは逃げるが勝ちか、とばかりに、御用猫は、後の事をリチャードに任せると、はす向かいの喫茶店に腰を落ち着ける事にしたのだ。


 いささか可愛らしい趣味の店内には、意外にも、草臥れた男性客ばかりで、御用猫は最初、首を捻ったものだが、よくよく考えてみれば、自分もその一人なのだと理解して、思わず吹き出した。


「そうそう、ここに居るのは、似たような境遇の人ばかりですよ、全く、気の利いた悪どい店だとは思いませんか」


 にこやかに笑いながら、同席の許可を求めてくる男は、四十前後であろうか、駝鳥のように頭髪は薄く、やや腹が出ているが、なかなかに体格は良い。


「席は、他にも空いてるぞ」


「小さな娘を持つもの同士、お話でも、と思いましてね」


 御用猫は動かない、ただ、壁に立てかけた、井上真改二に、少しだけ意識を向ける。


「ああ、ああ、そんな気はございません、平和的、平和的なお話でございますよ」


 手を振りながら着席した男は、店員を呼び、自らの茶と、御用猫にお代わりを注文する。


 話し方にも、物腰にも、なにか柔らかさを感じる。今の店員も、身なりの良い男が、にこやかに低姿勢で話すものだから、幾らか気を良くしたようだ。


 しかし、御用猫は気付いていた。


「堅気じゃ無いな……何人殺した? 臭すぎるぞ、お前」


「おほほ、これは失礼な男だ、そうですね、仕事で百人、趣味で百人……賞金稼ぎは、十人程」


 先刻と、全く同じ表情で、にこにこ、と笑う。


 これはまた、気持ちの悪い男だと、御用猫は顔を顰めた。自慢気に殺した数を語る闇討ち屋は多いが、この男は、聞かれたから答えた、それだけの事でありそうだ。


 わざわざ、返り討ちにした賞金稼ぎの事まで話したのは、別に御用猫を脅す為ではなく、こちらの事を知っていると、知らせる為なのだろう。


「まぁいいや、お前、気持ち悪いから、手短に話せよ、何の用だ」


「おほ、本当に失礼な男ですな、しかしながら、此方にも事情がありまして、詳しく話すには、少々お時間を頂きたく」


 のらりくらり、と、注文した茶と茶請けが到着するまで、無駄な話を続けていた男であったが、運んできた店員に一万金貨を握らせると、しばらく近付くな、と、念を押していた。


「随分と慎重だな、飼い主は、何処の貴族様だ」


「とある、高貴な方とだけ……さて、遅れましたが、御用猫の先生、私、イシンバロスと申します」


(こいつ「狸火」のイシンバロス、か)


 元、賞金額二千とんで五十万、クロスロードに潜む賞金首の中でも、十指に入る有名人であった。


 この男から賞金が外された時には、大手の裏口屋に保護され、人には言えぬ、貴族の汚れ始末を引き受ける代わりに、賞金を消してもらったのだと、裏の世界では、かなり噂になったものだ。


 もっとも、人間の背中に油を塗って火を付け、火傷跡に唐辛子を撒く、という、理解不能な性癖の方が広く知られているのだが。


 その状態にして、苦しむ人間を犯すというのだ、たとえ老婆子供、男であっても御構い無しに、だ。


「変態と話すのは御免だな、交渉したいなら、若くて美人を連れて来な」


「父親が」


 がた、と立ち上がりかけた御用猫が、再び尻を椅子に乗せる。


「娘を返して欲しいと、そう言っているのです、よろしいですか」


「よろしくねぇな、本当に親父なら、本人が直接こい、話はそれからだ、と伝えとけ、変態でも、そのくらいはできるだろう? 」


 ふうむ、と、イシンバロスは顎をさする、少しだぶついた肉が、指に合わせて揺れる。


「分かりませんな、なぜ、ですかな」


「お前みたいな変態の話はな、森エルフよりも信用出来ないんだよ」


 何度も何度も、変態と呼ばれるイシンバロスであったが、特に気にした様子も無い。たぷたぷ、と顎をさする手を止め、にこりと笑ってみせる。


「いえいえ、そうではなく……何故、そんなにも、話を切り上げたいので? 私が嫌いだからと、情報を耳に入れる機会を失うような真似は……御用猫の先生は、慎重で、用心深く、悪知恵がはたらく、と、聞いておりましたので、どうにも、違和感を覚えますな」


 ぐっ、と、御用猫は言葉に詰まる、他人に指摘され、初めて気付いたのだ。


(そんな事は、ない)


 変態に心の内を見透かされたようで、彼は、ぐにゃぐにゃ、とした不快感を覚える。これは不愉快だ、そうだ仕方が無いのだ、この男の顔は、もう一秒も見たくはないのだ。


 今度こそ立ち上がった御用猫は、振り向きざまに、いつでも斬れる体勢と位置を取りつつ、出口に向かい歩き出す。


「気分が悪くなった、茶代はお前が払っとけよ」


「おほほ、構いませんよ、此方の用事は終わりましたし」


 ぴたり、と足を止めた御用猫は、何やら、嫌な予感を背中に覚える。


 違和感、それは、普段の御用猫ならば、見逃す事の無かった。


(何だ? 古着屋から……声? )


「それにしても、首刈り鬼の御用猫、噂ほどではありませんな、拍子抜けですよ」


 通りを挟んで、はす向かい、とはいえ、馬車の通る音があるとはいえ、気付いて然るべき変化であろう。


「忍者まで使って色々調べているというから、私は、てっきり護衛付きで、囲っているかと」


 振り向いた先には、イシンバロスの姿は既に遠く。


「子守しているのは、子供が三人だけ、とは、ね、おほっ」


「くそっ」


 一瞬だけ迷った御用猫であったのだが、店を飛び出すと。


 古着屋に向けて、全力で走り始めた。



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