ててなしご 7
御用猫は、情けをかけない。
昼下がりの大通り、ゆっこを肩車し、御用猫は闊歩する。彼女の知る風景を探す、という名目であったが、これは、砂中の金を掴むようなものであろう。
戯れに抱え上げたゆっこが、肩車など初めてだ、などと言うものだから。
そのような事に縁の無かった御用猫、同じ境遇の彼女を、満足ゆくまで肩に載せようと考えたとして、誰に咎められようか。
「おとさん、あそこ、肩車してる子が居ます」
「何だと、生意気に、これはどちらの馬が速いか、教えてやる必要があるな、追い抜くぞ」
だっ、と走り出した御用猫に、肩の上で体勢を崩したゆっこが、笑いながら手をばたつかせる。
肩車するには、少々大きなゆっこである。最初のうちは恥ずかしがり、遠慮もあって、外に出るのを嫌がったのだが、今となっては、上機嫌に、ぺしぺし、と御用猫の頭を叩き、気になった物があれば、逐一報告を入れるのだ。視界の高さが、すっかりと気に入ってしまったのだろうか。
いや、彼女には、今まで知らなかった、父との触れ合いというものが、堪らなく心地よいのだ。
ついに、御用猫が根を上げるまで、ゆっこが特等席を離れる事は無かったのである。
「先生、もうさ、本当の娘にしちゃえば良いんじゃないの? 」
秋刀魚の棒寿司を、物珍しそうにつつきながら、ティーナは、何か呆れたように、そう言うのだ。
目の前の男に抱かれて眠る少女は、何とも幸せそうな顔であり、そういった、当たり前の幸福というものに、これまた縁の無かったティーナにしてみれば、このままの生活に、何の問題も無かろうと思うのだ。
「こんなのは、作りもんだろ、本物じゃない」
「……先生、さ、納得、してないでしょ」
ぴたり、と猪口を持ち上げた御用猫の手が止まる。
「いいや、納得するのが、怖いのかな? それじゃ、先生、腐っちゃうよ? 」
「……こいつは、仕方なく預かってるだけだ、他に、どうしようもないだろ」
ぐい、と中身を飲み干し、空の猪口の、その底を見つめながら、御用猫は零す。ティーナの目を見る事なく。
「嘘、迷子なんか、騎士団か教会にでも、預けちゃえばいいでしょ? どうして、そうしなかったの」
「……何だよ、オランでの仕返しのつもりか」
言われてティーナは、にやりと笑う。
「そうかも」
ひょいひょい、と、棒寿司を口の中に放り込むと、彼女は立ち上がる。店内の常連達が、慌てて目を逸らした。
水着同然の彼女の姿だ、健康的な男性ならば、思わず視線を向けてしまうのも、無理からぬことだろう。
「今ので、ちょっと思い付いた、行ってくるね、あ、コレ結構好きかも」
棒寿司を口に詰め込むと、もぐもぐ、とやりながら、ティーナは店を走り出る。何とも行儀の悪い事であったが、不思議と、そう感じさせない女であった。オラン人特有の、開放的な雰囲気が、そうさせるのだろうか。
(納得、か)
ゆっこの頭を撫でながら、御用猫は考える。
これは、代償行動だ。
父に愛される事の無かった自分が、彼女に愛を与えたようなつもりになって、その、矮小な自尊心を満たそうとしている。
吐き気を催すような、醜い恩愛。
ふうぅ、と、大きく深く、御用猫は息を吐いた。
これは、早めに、かた、を付けなければならない。
「分かっているさ……分かっては、いるんだけどな」
何も分かっていない野良猫は、自らに言い聞かせるように、そう、繰り返した。
ゆっこは、すやすやと、良く眠る。
それは安心からくるのだろう、信頼からくるのだろう。
「……おとさん」
よだれと寝言を溢しながら、彼女は、父の胸に埋まるばかりであった。