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御用猫  作者: 露瀬
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ててなしご 4

「畜生に、情けはかけるな」


 これは、御用猫が幼い頃、父から聞いた言葉である。非常に寡黙であった父の、数少ない教えの一つであった。


 あれは、何時の事だったか、雨の日に、草むらに打ち捨てられ、弱々しく鳴く子猫を、どうにも見ていられず、懐に入れて持ち帰ったのだ。


 それに気付いた父は、御用猫を殴りつけると、件の言葉を残し、子猫を連れて、雨の中に消えていった。


 幼い御用猫には、泣き喚く事しか出来なかったのだ。


 戻って来たのは、父ひとりであった。



 今となっては、父の考えが正しかったと理解できる。親子二人、生きてゆくのにも苦労していた、というのに、愛玩動物を養う事などできようか。


 面倒など見られるはずも無いのだ、責任など負えるはずなも無いのだ。


 ならば、最初から、関わるべきでは無い、情が移れば、苦しみと哀しみが、増えるだけであろう。


 だから、御用猫は、情けをかけない。


 にこにこ、と、楽しそうに店のテーブルを磨きあげる少女を見ても、情けを通わせる事は無いのだ。


 仕方無く、ゆっこを暫く預かる事にした御用猫であったが、彼が肩代わりする宿代と飯代は、ただでは無いのだ、と言い聞かせ、マルティエの手伝いに、店の雑用をさせていたのだ。


 ゆっこは、年の割には、そういった仕事に慣れているようで、掃除と洗い物は、なかなかに、そつなくこなすのだ、笑いながら、文句一つ言う事もない。


 少なくとも、働かずに暮らせるような環境で育った訳では無いだろう。


 先日、彼女が店に舞い込んで来た時に、何処に住んでいたのかも確認したのだが、よく分からない、と繰り返すばかりで、ゆっこの家族や住処に関して、まるで手掛かりが無い状態なのだ。


 この生活も既に四日が過ぎ、ゆっこは店の従業員とも、すっかり打ち解けていた。


 今も楽しげに話しているのは、住み込みで働くおさげの少女、ミザリと、もう一人は、何時も魚を売りに来る、棒手振りの少年か。


「ミザリ、そろそろ開けるから、看板を出して頂戴」


 厨房からのマルティエの声に、はぁい、と返事をして、少女達は、魚売りの少年に手を振り、今日も変わらず、マルティエの亭は、店開きをするのだ。


「どうしたもんかなぁ、お前、どう思う? 」


「……うゅ、知らない、ここ、譲らない」


 ごろごろ、と、喉を鳴らしながら、御用猫の膝の上で微睡む黒雀は、縄張りを主張するように、彼のシャツを、もぐりと咥える。


 昨日の夜に現れた黒雀は、食事中から就寝まで、ゆっこと熾烈な縄張り争いを続けていたのだ。


 何の協定があるのかは知らないが、チャムパグンとは仲良く席を譲りあう黒雀であったが、膝の上を独占しようとする新顔に対しては、一歩も譲らぬ構えを見せていたのだ。


「黒ちゃん、どいてください、もう時間です」


 酒器とカワハギの煮付けを乗せた赤いお盆を、小さな手で抱え、ゆっこが口を尖らせる。どうやら、手伝いが終わったなら、場所を交代する話しをしていたのだろう。


「や」


「ずるい、約束したでしょ」


 ぐいぐい、と黒雀を引っ張るゆっこであったが、見た目は同じ体格であろうとも、この黒い殺人機械の握力は、百キロ近いのだ、尋常な少女の力で剥がせるものでは無いだろう。


「んー、ううー! 」


 唸り声が濡れ始めたゆっこを片手で抑えると、御用猫は、黒雀の頭を撫でながら、ゆっくりと諭す。


「黒雀よ、お前の方がお姉ちゃんなんだから、たまには、妹に譲ってあげなければいけないよ、お姉ちゃんなんだから」


 殊更に「お姉ちゃん」という言葉を強調する。


 元々兄弟が居るのならば、話は別だろうが、このくらいの年の少女は、この言葉に弱いはずだ。


 流石の黒雀も、何がしかの感情が動かされたらしい、つい、と身体を離すと、御用猫の隣に移動した。


「お姉ちゃん」


 何処となく自慢気な黒雀の頭を、珍しく本当に可愛がりながら、御用猫は膝の上にゆっこを迎え入れる。


「ありがとう、黒ちゃん! 」


「いい、お姉ちゃんだから」


 御用猫の教えを忠実に守っているのか、ゆっこの笑顔は、とびきりであった。


「……リリアドネ様、私、確信しました、あれは本当の親子だと思います」


「うん、わたしも、そう思う」


 木扉の隙間から中を伺う二人の背中を見やりながら。


「お二人とも、取り敢えず、中に入りましょう、他のお客さんに迷惑です 」


 ただ一人、リチャード少年だけが、冷静さを保っていたのだ。



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