表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
御用猫  作者: 露瀬
134/150

ててなしご 3

 料理宿マルティエの亭、女将のマルティエは、働き者な事で有名である。


 店内は明るく、掃除が行き届いており、季節毎の花や、常連客の見習い絵師の習作などが飾られている。


 しかし、流石に、この時間ともなれば、砂や埃が溜まるのだな、と、普段近くで見ることの無い床に、正座しながら、御用猫は考えていた。


 少し俯いた彼の目には、腕を組んで、懇々と説教を垂れ流す、サクラの青い袴が大写しで、周りの様子はよく分からない。


「違います、私の娘ではありません、身に覚えが無いのです」


「まだ言いますか! 」


 既に一時間は経過しているだろうに、この少女は、攻撃の手を休めようとはしないのだ。


「サクラ、もうよせ」


 窮地の御用猫に、救いの手を差し伸べたのは、リリィアドーネであった。


「ですが、リリアドネ様! ゴヨウさんは! 」


「よせと言っている! 」


 ぴしゃり、と言い放つ彼女の声の重さに押されたのか、流石のサクラも口を閉じた。ただし、その形は、への字に曲げられていたのだが。


 リリィアドーネは、御用猫の前にしゃがみ込むと、薄く可憐な唇に、少し曲げた指を添え、なにやら考えている様に見えた。


 心は決まっているのだが、何と言葉にすれば良いのか、それが分からないのだろう。


「猫よ、私は、その、過去の事を気にしたりはしない、それは、もちろん、すこし、驚きはしたがな……けれど、ちゃんと育てみせる、初めての事ではあるが、それは誰も同じはずだ、血が繋がっておらぬからと、けして、彼女を蔑ろにしたり、わた、わたしたちの、こどもと、差をつけたりは、しないから……それは確約します……だから、安心して」


「聖女か! 惚れるわ! だけど前提が間違ってますゥ! お前、俺を信じるんじゃなかったのかよ! 」


 ついに、御用猫は立ち上がった、このまま奴等の好きにさせては、埒があかないのだ。自らの潔白は、我が手にて証明せねばなるまい。


「みつばち! 」


 直ぐにでも近所を捜索し、傍迷惑な娘を、本物の父親の所へ届けなければなるまい、見つけ次第、一発くらい殴っても許されるだろうか。


「さあ、呼んでみてください、お母さん、です、あ、ママでも構いませんよ、もうすぐ弟か妹も出来る予定ですから、楽しみに待っていてくださいね」


「みつばちィ! 」


 頭をはたくと、すぱん、と、良い音が鳴る、中身が入っていないのだから当然だろう。


 御用猫は、珍しくも混乱していた、上手く頭の中で状況が整理出来ない。


「若先生、その子は、随分と大きいようですが、年齢を確認すれば、心当たりもあるのでは」


「無いけどね! でも良い発言だリチャード、明日の折檻は許してやろう」


 なぜか、ちら、と、残念そうな顔を見せながら、リチャード少年は、ゆっこに尋ねる。


 相変わらず気の回る男である、揃いも揃って興奮状態の、この場の女性陣には、任せられぬ事だと理解しているのだろう。


「ゆっこちゃんと言ったね、きみの歳はいくつだい?」


「十歳に、なります」


 そうかい、と、優しげな笑みを浮かべ、リチャード少年は少し乱れた少女の髪を、整えるように撫でる。


 妹でもいるのだろうか、随分と慣れた手つきだ。


「……十年前か、うん、やはり俺の子じゃないな」


「それで、分かるのですか?」


「その頃は、まだ童貞だったからな」


 聞いた瞬間に、サクラの顔色が変わる、リリィアドーネの方は、よく分からないといった様子で眉を顰めた。


「ご、ごご、ゴヨウさん! 何て事を言っているのですか! そんな事は、知りたくありませんし、聞きたくもありません! というか、本人にしか分からないでしょう、それでは無実の証明になりませんからね! 」


「うん? サクラは、今のが分かったのか、どういう事だ? 」


 リリィアドーネの問いには答えず、真っ赤になって地団駄を踏むサクラを見ながら。


(それもそうか、どうにも、頭が回っていないな)


 御用猫は、ぐるぐと、首を回した。少しでも、頭の働きが良くなると期待するのだ。


「十年前というと、若先生が十五歳、成人した頃でしょうか」


「まぁ、だいたいな、何か思い付いたのか? 」


 この美少年は、頭の回転も速い、今の御用猫よりは、まし、な案が思いついたのかも知れない。


「いえ、若先生はもっと早くに、とばかり……なんだか、安心しました」


「お前にはがっかりだよ、リチャード」


 衝撃に目を見開く美少年に背を向け、御用猫は目と目の間を揉み解す。十年前の事など、証明しようも無いだろう、この際、アルタソマイダスでも呼ぶか、と、彼はさらなる混乱を招きかねない、軽率な発想をするのだが。


「猫の先生、とりあえず、その辺りのお話は明日にしましょう、ゆっこちゃんも疲れてそうだし、お店の外に、彼女は此処に居ます、と張り紙もしておきますから、今日は二階で休んでもらいましょ? 」


「おぉ……」


 問題の先延ばしではあるのだが、何と真っ当な意見である事か。もう何度目になるか分からぬが、御用猫は、マルティエが独身であったならば、と、思うのだ。


 ぱっ、と、霧が晴れたように、思考が鮮明になるのを覚える。


「みつばち、この子の親を探してくれ、この際、金に糸目はつけない、急いでくれ」


「了解致しました、ですが、現在人員の増強中で、捜索には時間がかかると思われます、草エルフの氏族に、傘下に入るよう交渉はしているのですが……」


 何やら不穏な発言はあったが、今はそれどころでは無い、このままでは、済し崩しに、子連れ猫にされてしまうだろう。野良猫の自由の危機なのだ。


「そこを何とかしてくれ、首尾よく片付いたなら、例の約束、履行するのに合意してもいい」


「まじですか」


「まじだ」


 しゅだっ、と、回転しながら飛び上がった、みつばちは、懐から何枚かの呪い札を取り出す。


「みつばち、から、さんじょう、へ、緊急連絡、里にある全ての巣箱を解放、クロスロードに集合せよ、雀蜂も含む、全ての人員を配置です……大雀が寝てる? 叩き起こしなさい! これは蜂番衆の存亡にかかわる問題なのです、大至急、以上! 」


 ばたばた、と走り出るみつばちの背中を御用猫は眺める、彼女が声を荒げるのは、初めてだろうか。


「……おとさん、わたし、迷惑です、か? 」


 それまで、大人しくマルティエの作った料理を食べていた少女は、箸を止め、不安げに、御用猫の顔色を伺うのだ。


(気に、入らないな)


 思わず、御用猫は顔を顰める。それを見たゆっこが、箸を取り落とした。


 気に入らない、今のは、全くもって、気に入らない。


 それは、かつての御用猫が、父に向けた表情なのだ。


 もちろん、彼に、そんな事は分からないのだが、親に向ける不安、自分が愛されていないと感じる不安。


 それは、御用猫の心の奥底の古傷に、ちくり、と刺さるのだ。


 それが、気に入らないのだ。


 御用猫は、膝を落として彼女に視線を合わせると、先ほど整えられた髪を、再び、くしゃくしゃに、かき混ぜる。


「子供ってのはな、大人に迷惑をかけるもんだ、それは、まぁ仕方ない、子供の特権さ、だから、迷惑かけたら、ごめんなさい、だ」


「ご、ごめんなさい……」


 しょんぼり、と肩を落とした少女に、更に続ける。


「そんで、助けてもらったら、ありがとう、だ、いいか、お礼はとびきりの笑顔で言うんだ、そしたら、馬鹿な大人は、喜んで助けてくれるからな」


「え、あ、あり……」


「え、が、お」


 こうだ、と歯を見せる御用猫に、少し惚けた顔を見せた、ゆっこ少女であったが。


「……ありがとう! おとさん、大好きです! 」


 がば、と抱きつき、頬ずりするのだ。


 父と呼んではいたが、初めて会う人には違いない、今まで、ずっと緊張していたのだろう。


 ようやくに見せた笑顔は、やはり年相応の、屈託の無い幼さであった。


 今まで成り行きを眺めていた常連客が拍手を始め、良かったなお嬢ちゃん、幸せになれよ、いきなり子持ちとはリリィちゃんも大変だ、などと、口々に感想を漏らすのだが。


「リリアドネ様、私、実は、今まで、半信半疑だったんですけど、ひょっとして、本当に親子なんじゃないかな、と思い始めています」


「うん、わたしも、そう思う」


 最近、少しばかり言葉遣いが雑になってきたリリィアドーネを見やり、ひとり、リチャード少年だけが。


「……そういえば、お二人とも、今日は夜会があるから早く帰るのでは? 」


 冷静さを保っていたのだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ