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御用猫  作者: 露瀬
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ててなしご 2

 その少女が、はたして、いつからそこに居たのか、誰も気付かなかったのだ。


 マルティエの亭には、出入り口に、鈴の付いた木扉があるのだが、今は夕食どきでもあり、喧しい御用猫一行の他にも、常連や一見の客で、ごった返しており、空いた席が殆ど無い繁盛ぶりであった。


 なので、普段ならば良く気のつくマルティエですら、その少女に声をかけたのは、テーブルが半分ほど空いた頃になってからだったのだが、これは責められぬだろう。


「あら、どうしたの? ひとり? 迷子になったのかしら」


 その少女は、何処にでも居そうな、黒髪の、黒目、クリーム色のシャツに、臙脂色のベスト、同色のスカート。


 身なりは平凡であったが、どこかで転んでしまったのだろうか、服は地面で擦った様な汚れがあり、肩の辺りで切り揃えた髪の毛も、風に煽られたように、やや、乱れていた。


 その姿と、泣き腫らしたような赤い目を見て、マルティエは迷子だと判断したのだろう。


「……おとさんを、さがしてます」


 少女は、ぽつり、と零す。


 見た目には十歳前後か、少し舌足らずな声のせいで幼く感じるのかも知れない。


「あら、どうしよう、お父さんは、ウチに良く来るのかしら? 名前は? なんていうの」


「ゆっこ、です」


 自分の名前を尋ねられたのだと、勘違いしたのだろう、ゆっこ、と名乗る少女だが、舌足らずなので詰まっているだけで、本名は、ゆうこ、かも知れない、と、マルティエはそんな事を考えた。


「あぁ、いけない、先生、御用猫の先生! 」


 マルティエは、少女の手を引き、隅のテーブルに陣取る、傷面の男に呼び掛ける。この店に、すっかり居着いてしまった感のある、やくざな男なのだが、見た目と裏腹に実直な男で、口は悪いが、心根は優しい人だと、マルティエは頼りにしていた。


 女性関係は、だらしがないのだが。


 しかし、特に、こういった困り事に関しては、彼に相談すれば間違いはないのだ。色々と顔も広く、貴族様から少々怪しげな者まで、友人知人が数多く、彼の元に集まってくる。


 女性関係は、だらしがないのだが。


「……ほんと、だらしないですよね、先生は」


「いきなりなんですか、家賃は払ってるんだ、追い出そうったって、そうはいかないぞ」


 向いに座るリリィアドーネに餌付け中の御用猫を、冷めた目で見やるマルティエは、ふと、当初の目的を思い出す。


「そうだ先生、ちょっと聞いてください、この子、迷子みたいなんですけど」


 御用猫の伝手を使えば、彼女の親を探すのは容易い事だろう、ひとり迷子の寂しさは良く分かるマルティエだ、謝礼金を払ってでも、この子を助けてやりたいと、そう思っていたのだが。


「おとさん」


 ゆっこと名乗る少女は、御用猫を、じっと、見つめる。


「ん、なんだお前、迷子なのか? 助けてやってもいいが、金はあるのか? 」


 皆が一斉に口を開く前に、冗談だから、と、手を上げて謝ると、御用猫はそこらに居るであろう、志能便を召喚する。


「みつばちー、仕事だぞ」


「呼ばれたからには即参上、貴方の愛しい、みつばちでございます」


 ぬるり、と現れたくノ一は、背後から御用猫の首に手を廻し、その頬に唇を這わせる。


 がたがた、と、椅子を鳴らし、リリィアドーネとサクラが立ち上がる。全く同時であった、ひょっとしたら、打ち合わせでもしていたのだろうか。


『なんたる、卑猥、です!』


 前後の言葉に違いはあれど、神懸かった同調だ、心中で賞賛し、みつばちの額をはたいて身体から剥がすと、御用猫はテーブルに肘を付け、出来る限り、にこやかな顔を作ると、少女に向き直る。


「おし、親の名前を言ってみろ、このお姉さんはな、まるで役に立たないが、物知りな友達がたくさん居るんだ、心配すんな、すぐに見つかるさ」


「おとさん」


 じっと、御用猫の顔を見つめ続けていた少女は、てくてく、と彼に近付き。


 きゅう、と、しがみ付いたのだ。


「おとさん」


 しん、と、店内が静まり返る。御用猫のテーブルだけでなく、彼等を酒の肴にしている常連客や、従業員の親子も、誰一人、声を発しなかった。


「……やめてくれないかなぁ、そういう、ね、たちの悪い冗談は、いい子だから」


「あいたかった」


 野良猫は、神など信じていない、たまに、餌をくれる女神に感謝こそすれど、教会に寄進した事など、一度も無いのだ。


(面倒事が、とは言ったけどさぁ! )


 明日、一番に祈りに行こう、と。


 刺すような視線から逃れるように、御用猫は目を閉じたのだった。



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