獣剣 月の牙 15
御用猫が見たのは、意外な光景であった。
「ジャガーと翼蛇」氏族の狩人が放った矢は、狙い過たず、ブブロスに命中する筈であった。
呪いによって、目標を固定された矢は、自動的に軌道を修正し、必ず、的を射止めるのだ。
何かが割り込みでもしない限り。
「ギャウッ」
まるで、ブブロスを庇うように飛び込んだ、マダラの硬い銀毛を貫き、その身体に五本の矢が食い込んだ。
「ドビット! よせ! 」
刀を振り回し、御用猫はエルフの一団の前に躍り出る。
「月狼は迂回させて、もう一度射なさい! 」
銀髪と、銀の鎧を木洩れ日に煌めかせ、ウィンドビットは、御用猫を無視して指示を出した。狩人か、それとも戦士階級か、何ごとか呪いを唱えながら、五人のエルフが弓を引き絞る。
「くそう、頭の硬い奴め、チャムッ! 奴らを止めろ! 」
姿は見えぬが居る筈だと、御用猫は確信し、叫ぶ。ウィンドビット達の技で、ブブロスとマダラに、気付かれる事なく接近できるはずが無いのだ。
「もちよんっすわ、でも高いっスよぉー? 」
どこからともなく、げすげすげす、と、卑しい笑い声が響く。
青白く光るエルフの矢が、放たれた直後に地面に突き刺さる。チャムパグンが、何か呪いを行使した気配は無かったのだが、おそらく、前もって準備していたのだろう、相変わらず卑しい奴だ。
「ブブロス! 一旦退け! 仕切り直しだ」
いつぞやとは逆の立場であった。しかし、やる事に変わりが無い辺り、御用猫も因果な男である。
ちらと、後ろを確認し、そこで御用猫の心臓が大きく跳ねた。
いましがたブブロスを、身を挺して庇った筈のマダラが、老エルフの肩口に、その牙を突き立てていたのだ。
(何で? いや、あぁ、くそっ! )
彼奴らは、似た者同士なのだ。お互いに、相手を殺すのは、自分しか居ないと思っているのだ。手を汚し、牙を突き立てるのは、自分だけの特権なのだ。他人に渡すのは我慢がならないのだ。
「ブブロス! 」
叫び飛び出したウィンドビットの鼻先を抑える。彼女は顔を顰め、銀剣を引き抜いた。
「やはり、人間は信用なりません、退いてください、邪魔立てするならば、容赦はしません」
「あれはもう、他人が手出しできる世界じゃねぇよ、ふたりの好きにさせてやれ」
(二人、だと? )
言ってから、御用猫は苦笑する。しかし、それを見たウィンドビットは、静かに、激昂した。
「最初から、好きではありませんでした」
「奇遇だな、俺もだよ、ドビット」
御用猫は、井上真改二を脇構えに、少し腰を落とす。
「その名をっ! 」
ウィンドビットは、正面から打ち込んできた。
振りは鋭いが、稚拙な攻撃だ、しかし「浮き板」の防御力は、熊の爪でも跳ね返すと聞いた、彼女は、その鎧に、絶対の信を置いているのだ。相討ちになれば、必ず勝てると。
それが、彼女の、氏族の誇りなのだ、当然だろう。彼女は生真面目で、誇り高く。
単純で、読みやすい。
咄嗟に放てる技では無いが、そう来ると予測して、体勢と呼吸を整えたのだ、しくじる筈もないであろう。
全力で刀を振る瞬間に、握りをずらし、柄頭まで移動させる「二輪咲き」
断ち切る瞬間、呼気と筋肉の収縮で、刀身を微細に振動させる「斬鉄」
左腕の砕ける音を聴きながら、御用猫は井上真改二を振り抜いた。
「応ッ!!」
チーズを切り分けるような手応えと共に、ウィンドビットの左手が、銀剣ごと宙に舞う。
血の色まで、銀では無いようだった。